⑧

 お土産を渡し終えた俺は、ソファーへと腰を下ろす。うん、このソファー、やっぱりフカフカなんだよな。などと、心の中で堪能していたのだが、その堪能は、マキュリーが俺の隣に座った事によって、堪能するどころの心持ちではなくなってしまった。


 目の前に座るケイオン代表の目が笑って……ないんですけど!


 いや、でも、このソファーって二人掛けですよね……ってよく見ると、なんだかケイオン代表の横がちょうど一人分空いている! もしかして、そこ、マキュリーが座る場所だったのでは? そう思いながら、マキュリーを見るが、本人は俺の視線の意味が判らないのか、首を傾げている。


 あああ、なんだかケイオン代表の顔がどんどん怖い方に……。


「あなた、少し詰めて貰ってもいい?」

「うん? あ、ああ」


 こんな状況を変えてくれたのは、マイアさんだった。ケイオン代表が少し横にズレると、彼女もそれに合わせるように、横にズレる、彼女は俺の方を見ると、軽く微笑んでくれる。どうやら、この空気を変えてくれたらしい。なんて、気の利く人なんだ! 流石は、マキュリーのお母さん!


「では、改めてお礼を申し上げます。その節は、助けていただきありがとうございました」

「そんな事は、こちらとしては依頼をしっかりとこなしただけですから。ですが、無事でよかった」

「おかげさまで、あの時助けていただいた者達は私を含めて、みな元の生活に戻ってバリバリ働いています」

「私としては、まだ体を休めてもいいと思うのだが……」


 ケイオン代表の言葉も、マイアさんはにっこり笑みを浮かべるだけだ。だが、その笑みが語っている。もう、その話は終わりましたよねっと。


「そうだよ、お母さん。お父さんの言う通り、もう少し休んでもいいと思う」

「ありがとう、マキュリー。でも、本当に問題ないから大丈夫よ」


 ケイオン代表とは違い、マキュリーに対しては優しい。なんだか、この家族の序列のようなものが透けてしまったような気がする。よし、マイアさんはなるべく敵に回さないようにしよう。


 する気も無いが。コホンと、この空気を変えるかのように、ケイオン代表が咳払いをする。なんだか、急激にケイオン代表に対して親近感のようなものが湧いてくる。


「バアル君には、ひいてはウーラオリオギリュシア支部には改めて感謝を述べたい。ありがとう」


 そう言って、頭を下げるケイオン代表に俺は、もう大丈夫ですからと、頭を上げるように言う。流石に、そこまで感謝されまくってしまうと、恐縮してしまう。


「それで、今日ここに君を呼んだのは、ある提案をしようを聞いて貰おうと思いましたね」

「提案ですか?」

「今度、サベリアの市場にウーラオリオギリュシア支部も参加しますよね?」


 参加しますか? ではなく、参加しますよね? という訊き方は、もう俺達が参加する事を知っている口ぶりだ。


 別に、隠す必要もないので、肯定する。


「その市場に、テローゾも参加するのですが、良ければ今回の市場で、ウーラオリオギリュシア支部の魔道具を一緒に販売させていただきたいのです」

「えっ」


 テローゾが、ウチの魔道具を取り扱う? 


「いいんですか?」


 あまりの提案に思わず、訊き返してしまう。市場のルール的には何も問題はない。そかし、市場は店を出張させるような感じで、スペースも限られているから、扱う魔道具も限られる中で、あのテローゾがウチの魔道具にその枠を使ってくれる、それだけで大きい。


 信じられないような話だからこそ、訊き返してしまったのだ。


「本当なら、本社もしくは支店でもと考えていたのですが、流石にそれはという声がありまして、なので、今回のサベリア市場でも評判を見て、もし良ければ、そのまま店の方でも扱わせて貰いたいのです」


 こちらとしては、願ってもない提案をされる。こっちとしては、それを目指して代表の元に足を運んでいたわけだし。だけど、なんだか少しだけ後ろめたい気持ちになる。


「どうかしましたか?」


 そんな俺の心中を察したのか、マイアさんが訊いてくる。


「いえ、なんだか…」

「助けた恩を返させているようで、後ろめたいですか?」

「はい」


 俺やパールは、依頼としてマイアさん達を助けた。報酬は確かに貰った。本来であれば、それで終わりだ。なのに、ここまでして貰うとなると、どうしても少し引け目を感じてしまう。


「バアルさん、何も後ろめいた事はありません。これは、私達が、私があなたに対して、こうしたいからしているだけなのですよ」


 まっすぐに俺の目を見て、彼女はまっすぐな言葉で語り掛けてくる。


「それに、助けて貰った恩を抜きにしても、あなた方の扱う魔道具は娘や、他の人間からの聞き、私自身も扱ってみて、評価をした結果です。むしろ、この機会を逃すようでは、この先、このローアでは生き残れませんよ」


 その笑みと優しい口調ではあるが、それを上回るような重い言葉を乗せられる。これが、この国で生き残ってきたケイオン代表のパートナーか。


 むしろ、この好機を活かせないようではどのみちか。ならば、甘えさせていただきましょう!


「こちらとしてはとても有難い話です。よろしくお願いします」


 頭を深々と下げる。このチャンス絶対に活かしてみせる。


「やりましたね、バアルさん!」


 隣に座るマキュリーが、自分の事のように喜んでくれる。


「ああ、マキュリーもありがとな」

「いえ、僕は何もしていません」


 とんでもない謙遜をしている。さっき、マイアさんが娘からと言っていた。きっと、マキュリーはウチの魔道具を、両親に色々と紹介していたに違いない。まったく、本当にこれはどこか美味しいお店に連れて行かないと、割に合わないな。


「それで、どの商品を扱いたいかの要望はありますか?」


 さっそく、話を進める。取り扱ってくれるのは嬉しいが、その枠は限られている。俺としては、どれもオススメなのだが。


「候補は上がっているですが、まだこちらとしては決めかねています。よろしければ、後日魔道具のリストをいただいてもいいでしょうか?」


 ケイオン代表も、さっそく商売人の顔になっている。


「早急に用意します」

「助かります。もし、そちらもこの魔道具を推しているという物があれば、教えていただければ参考にします」

「はい」


 これは、一度帰ってナベリウスに相談だな。


「さて、仕事の話はここまでにしましょうか」


 マイアさんは手を鳴らすと、そう宣言する。えっ、これからでは? と思ったが、鳴らした瞬間に、燕尾服や給仕服を着た人が、カートに乗せて飲み物やら、お菓子やらを運んでくる。


 えっ、えっ、えっ、などと戸惑っている間に、おやつタイムの準備が整ってしまった。どうやら、今までの話は本題と見せかけた、前振りであったらしい。

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