⑤

「お待ち」

「毎度言いますけど、暇なんですか? ウカさん」


 追加の注文した飲み物を持ってきたのは、この店、ヒナドリの店主でもあるウカさんだった。本当に暇なのでは?


「別にいいだろうが、ここはウチの店なんだから。せっかく人が良いもん持って来てやったのに」

「良いもん?」


 なんだ、注文した飲み物の事じゃないのか?


「ほれ」


 そう言って、出されたのは、鶏のまるまる一羽の照り焼きだった。


「えっ、頼んでないですよ、これ」

「だから、サービスだよ。わざわざ、今朝ルーリエにまで頼んでいったそうじゃねえか。まあ、理由が理由だから、サービスしたらって言われてな。なんかんだで、贔屓にして貰ってるからこのくらいはな」

「じゃあ、有難く。ありがとうございます」


 今朝、ルーリエさんに新人の歓迎会をするので、席の予約を頼んでいたのだが、まさかこんな物を用意してくれていたとは。


「ラウムは初めてだよね。ここヒナドリの店主でもあるウカさん。食べて判ると思うけど、ここの料理はどれも絶品で、私達も結構お世話になっているんだよ」

「初めまして、ラウムと申します。どうか、よろしくお願いします」


 ラウムは席を立つもと、ウカさんにおじきをする。


「おお、よろしくな。なんだ、今回の子は、律儀だな」

「ちょっとウカさん! どういう意味ですか?」

「別になんでもねぇよ、スバル。じゃあ、ゆっくりしていけよ」


 手をヒラヒラさせて、俺達から離れていく。


「豪快な方ですね」


 そんな後ろ姿を見て、ラウムがポツリと呟く。


「見た目は厳ついけど、すごい優しい人だよ」

「そうみたいですね」


 実際、ウカさんはあんな見た目だが、スサノたちの面倒もなんだかんだ言って積極的に見てくれている。最近は、訓練も俺が忙しかったから、ウカさんに任せきりにしてしまっていた。


「では、そんな優しいウカ君とルーリエ君の好意に甘えて、いただくとしましょう」

「そうですね」


 マルガスさんが切り分けようとしたので、先回りして、ウカさんが一緒に持ってくれた切り分ける用の大きなナイフで、一口分にカットして、それぞれの皿に乗せていく。 


 流石に、これ以上はマルガスさんにさせてしまうわけにはいかない。


「バアル先輩、そういえば、ここに来る前にどこに行っていたんですか?」


 スバルが俺の切り分けた肉を頬張りながら訊いてくる。俺はヒナドリにみんなで来る前に、ある人物に会いに行っていた。おそらく、スバルはその時の事を訊いているのだろう。


「クランマスターのとこ」

「プルーティアに会いに行ってたの?」


 俺の言葉にスバルより早く、ベリトが反応する。


「ああ。ちょっと訊きたい事があってな」

「それは、先ほど話をしていた事ですね」

「はい」

「さっきって何の事ですか?」


 あの時の話は、スバルとラウムは席を外して居た時だったので、俺は二人と、そしてベリトにも説明する。


「イチヒメの為にそこまで、友達としてお礼を言います!」

「とは言っても、実際は力にはなれてないからな」

「その口ぶりだと、プルーティアもダメだったみたいだね」


 ベリトの言う通り、俺はプルーティアに訊いてみたが、顔合わせはしたが、そこまでの付き合いにはなれず、橋渡しは無理との言葉をいただいた。


「はあ、やっぱり無理か」

「こればかりは仕方ありません。他にも、腕の良い職人は王都に居ますから、そちらを当たるのも手かもしれません」


 マルガスさんの言う通り、王都には他にも腕の良い職人は居る。そっちに頼んだ方がいいのは判るが、なんだか諦めきれないんだよな。


「へーパイルには、あたしも行きたいから、もし、行く事になったら誘って」

「やっぱりベリトさんでも気になるんですね」


 ラウムの言葉に、ベリトは頷く。


「もちろん。あそこの人工魔剣の付与技術は見ておきたい」

「ベリト先輩でも、人工魔剣を造るのは難しいんれすか?」


 なんだか、スバルの語尾は怪しい感じになってきたな。こいつ、上機嫌に結構なペースで飲んでいたからな。そんな、状況に関係なくベリトは話を続ける。


「うん。というか無理。あの付与魔法の技術はなんていうのかな、解けないんだよね」

「解けない、ですか?」


 ラウムは首を傾げる。そして、それに合わせるようにスバルも首を傾げて、そのまま隣に座るラウムの肩に頭を乗せる。


「付与魔法ってサラサラってなってて、それをガッ!て感じで、対象にバンッっていう風にして、創り出すんだけど……」

「?」


 ラウムはベリトのいきなりの言葉に、完全に混乱状態に陥った。今、ラウムは必死に理解しようとしているのだろうが、上手く処理が出来ていない。


 ベリトは魔道具とかの説明はなんであんなに判りやすいのに、こと魔法に関する事になるとこうなるんだ。俺は、ベリトの話を遮る形で、割り込む。


「俺も付与魔法については門外漢だが、例えば、俺の言葉は聞こえていて、言っている意味も判るよな」

「…はい」

「人工魔剣の付与魔法は、魔法が発動しているのは判るが、その意味を理解する事が出来ない、どうやって付与しているのか判らないものらしい」

「そんな事があり得るんですか?」

「大抵の魔道具に付与されている魔法は、魔石を媒介にしている。でも、人工魔剣は直接武器に付与している。ラウムは魔法の知識はあるか?」

「少しだけなら」

「なら、知っていると思うが、付与魔法ってのは魔石を媒介にしないと、一時的にしか付与した魔法を発動する事が出来ない。言ってしまえば使い切りだな。だけど、人工魔剣は違う。魔石を使っていないのに、武器の付与は残っている。それも、複数の魔法が織り交ぜられて」

「複数の魔法ですか。ですがエイガストさんが持っている『炎の翼アグニス』は炎を出せる魔法だけですよね?」

「それは一つ目だな。もう一つが身命を魔力に変える魔法。これがその他にも細かい魔法が付与されているらしい」

「そんなに…」


 人工魔剣は普通に見る分には、一つの魔法を行使しているように見えるが、その実は複数の魔法が編み込まれているのが多い。そして、その上位互換が神生魔剣だ。あれは、もう魔法そのものだから、どう足掻いても人が手を出せる領域じゃないけど。


「それで、どうやったらそんなに魔石を媒介にせずに出来るのかを、世に出ている人工魔剣を魔導士がこぞって解析したが、判らなかった。まるで、異なる言語で話されているようで、喋っているのは判るのに、その意味が判らないかのようにな」

「………」

「どうした?」


 ラウムはじっと俺を見る。判りづらかっただろうか?

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