③

 これから、ダンジョンへと向かう準備をするアストレイアと別れ、ルーリエさんにある事をお願いし、俺はクランへと来ていた。そして、俺が在籍している財政管理会計部のドアの前に着いた瞬間、中から何かが落ちる音とがした。普通なら、ここで何かが起きたのではと思い、急いで入るのだが、俺は特に焦る事なく、ドアを開ける。


「大丈夫か、ラウム?」


 部屋の左隣にある棚の前で書類の山に埋もれている人物に声を掛ける。もぞもぞと、山の中から這い出てきたのは、黒犬獣人の女性であり、


「バアル先輩、おはようございます」


 我らが財政管理会計部新入職員ラウムだった。


「ああ、おはよう。怪我とかないか?」


 彼女は立ち上がり、自分の体を確認する。


「大丈夫です」

「そうか、良かった」


 彼女が膝を折り、書類を拾うのを手伝う。


「すいません、先輩。私のせいで」


 彼女の犬耳がシュンっと項垂れ、尻尾も明らかに落ち込んでいる。表情にはあまり出ていないが、落ち込んでいるのは明らかだった。


「気にするな。掃除してくれていたんだろ、ありがとな」


 ラウムは、ほぼ毎日誰よりも朝早くに来ると、部屋の掃除をしてくれている。だが、何故だか、俺達誰かが来るのを見計らっているかのように、書類の山に埋もれるので、ラウムには悪いが、慣れてしまった。


 そして、もっとラウムには申し訳ないが、俺達はその光景を見て、今日が始まったなと思うようになってしまっていた。むしろ、これが無いと物足りないと感じてしまうようになった。


「おはようございます」

「おはようございます!」


 そんなに間が空く事なく、マルガスさんとスバルも来る。そして、俺達の様子を見て、二人は何かが起きたのを察して、二人も拾うのを手伝ってくれる。


「すいません」

「気にしない、気にしない」

「そうだぞ、スバルなんてな…」

「ああ! 先輩、何を言うつもりですか!」


 喋らせまいと、俺を抑えに掛かるが、俺はスバルをヒラリを躱す。なんだ、スバルが入った時の事を少しだけ話そうかなって思っただけなのに。


「さて、片付けも終わりましたので、今日も頑張りましょう」


 マルガスさんの言葉に、


「「「はい」」」


 異口同音で返事をする。


「スバル先輩、これは経費で大丈夫ですか?」

「どれどれ……これは大丈夫。だけど、こっちのは何の為に使ったのかを確認したいといけないかな」

「判りました。じゃあ、この部に確認しに行ってきます」

「じゃあ、私も一緒に行くね」

「はい、お願いします」

「そういう事なので、ちょっと行ってきます」

「判りました」


 二人はそのまま、部屋を出て行く。そんな二人を見送ると、俺はマルガスさんに話掛ける。


「なんだかんだで、スバルはしっかりと教育係していますね」


 最初の方は少しだけ心配していたが、ちゃんと教育係として見れている。


「彼女も日々の仕事をしっかりと出来ていますから、心配はあまりしていませんでした」

「流石です」

 

 マルガスさんは自分が一番忙しいだろうに、俺達の事をよく見てくれている。


「スバル君の教育係がしっかりしてたからではないですか?」

「…どうでしょうね」


 そう言われてしまうと、照れくさい。マルガスさんも判っているのか、少し笑っている。


「ところで、マルガスさん」

「はい、どうしましたか?」


 目に見えて判る話題の逸らし方に、より一層マルガスさんは可笑しそうにしている。ええい、しょうがないでしょ! 俺は気にする事を止める。


「マルガスさんは、へーパイルの人で知り合いっていたりしますか?」

「へーパイルですか……残念ながら、私にはいませんが。へーパイルがどうかしたのですか?」

「実は…」


 俺は、今朝のアストレイアとのやり取りを離すと、マルガスさんが腕を組む。


「なるほど、合う武器が無いのなら、始めから造ってしまえばいいですか。そして、その依頼先にへーパイルを上げるとは、流石はアストレイアさんと言ってところですかね」

「『炎の翼アグニス』を見れば判ります。人工魔剣としてもですが、純粋な剣として見ても、あれは一級品です。あそこに頼めれば、一番ですけど…」

「あそこは一筋縄ではいかないでしょうね」

「そうなんですよね」


 いきなり行くよりも、知り合いに紹介して貰えれば、少しは可能性があるのかと思ったが、そうは上手くはいかない。多分、普通に行ったとしても、門前払いされて終わるのは目に見えている。


 あいつらの為に 何かしてやりたいけど、難しいな。


「プルーティア君なら、少なからず交流があるかもしれませんが」

「プルーティアがですか?」

「ええ。今、エイガストさんが所有している『炎の翼アグニス』があのオアシスでの一件で、その所有を巡って、作成者がアストレイア君に所有権があるといった話を覚えていますか?」

「もちろん」


 その事件の時は、えらい目に遭いましたから。


「その時に、立ち会ったのがプルーティア君です」

「珍しいですね。あいつ自らが出るなんて」

「名目上は、所属している冒険者が事件に関わったから、その事件の詳細を確認するとの事でしたが、おそらく、作成者を見に行ったのでしょう。ほとんど、表に出る事はないですから」

「そんな目的でトップが出張ったんですか」

「彼女らしいと言えば、彼女らしいですよ」


 結果は知っているが、あの魔剣がウチのクランの所有になった詳細を知らなかったので、びっくりだよ。何をしているんだ、あいつは。


「一応、プルーティアに訊いてみます」


 望みは薄いだろうけど、聞くだけ聞いてみるか。


「戻りました」


 しばらくすると、スバルとラウムが戻ってきた。


「どうかしましたか?」


 俺とマルガスさんを交互に見て、訊いてくる。


「いや、なんでもない。それより、確認は取れたのか?」

「はい。少額だったので、提出した本人はうろ覚えでしたけど、きっちり思い出して貰いました」


 よくやった。少額とかだと、詳細を書かずに提出してくる奴もいるから、それを経費として大丈夫なのか、判断がつかない時があるから、今回のように確認しに行かなきゃならない。最初の頃は、スバルはこの確認に苦戦していたが、今では余裕でこなせるようになったな。スバルはスバルでしっかりと成長しているという事か。


「スバル先輩、ありがとうございました」

「全然、大丈夫だよ!」


 親指をグッと立てる。しかし、意外だ。絶対に空回りするのではと思っていたのに。まあ、上手くいっているならそれはそれでいいか。各々が仕事に戻っていく。部屋の中を、書類を捲る音と計算できるんを叩く音だけが響く。


「この辺りで、休憩にしましょうか」

「そうですね」

「賛成です!」

「私、お茶を淹れてきます」


 ラウムが席を立ち、お茶を淹れに、部屋を出て行く。


 先日と比べれば、忙しさはほとんど無くなっている。おかげで、最近は残業をする事なく帰れている。だとすると、そろそろ頃合いかな。俺は、マルガスさんとスバルを見ると、二人も俺の視線の意味を察したのか、頷ずく。


「お待たせしました」


 ちょうどいいうタイミングでラウムが戻って来て、それぞれのテーブルにお茶に置こうとした、その時、


「あっ」


 その声が聞こえた瞬間、俺とスバルは動き出す。決してこの部屋に段差などはないのだが、なぜだがか、ラウムは躓く。もう一度、言っておくが段差などは決してこの部屋には存在しない。


「あ、ありがとうございます」

「うん、大丈夫?」

「はい」


 俺とスバルが二人で、倒れそうになったラウムを支える。最早、これも慣れたもんだ。体勢を戻し、改めてラウムはそれぞれにお茶の入ったカップを置く。


「ねぇ、ラウム」

「はい、なんでしょうか?」


 全員分のお茶を配り終わり、席に着いた時に、スバルが話掛ける。


「今日って、仕事終わりに予定ってある?」

「いえ、特にありませんけど」 


 とりあえず、これで第一関門は突破である。


「じゃあ、今日は仕事終わりに歓迎会という事で決定!」

「えっ、えっ、えっ」


 急な決定に、ラウムは慌てたように首を振り、スバル、俺、マルガスさんの順に見回す。


「実は、前々から歓迎会をしたいとは思っていたのです。ですが、入ってすぐよりかは、ある程度慣れてからの方がいいかと思いまして、それで、現状この部にも慣れてきたと思いますので、いかがでしょうか?」

「そんな、むしろ、いいんですか?」

「大丈夫! 私もこの部に入った時にして貰ったから」

「そうだぞ。俺達がしたくてするんだ。何も気にする事なんてないからな」


 どこか遠慮がちなラウムに対してスバルと俺が、声を掛ける。


「では、お願いします」

「決まりですね」

「やったー!」

「となると、場所はやはり、あそこかな」


 ラウムの了承を得た、とは言っても、どうにかこうにかして歓迎会をする流れにするつもりだったから、歓迎会をしないという選択肢は俺達には存在しないわけで。


「あそこって、どこですか?」

「まあ、そこは着いてからのお楽しみだな」


 ラウムは、気になる様子だが、ここは楽しみにして貰おう。


「まさか、オアシスですか!」

「えっ! あんな高級料理店ですか! そ、そんな、私の為に…」


 スバルお前、場所知ってるよな。ラウムに余計な期待を抱かせるんじゃない。


「期待させてしまって申し訳ないが、そこじゃない事だけは言っておく」

「なんだ…」


 だから、なんで歓迎されるラウムよりもお前が残念がるんだ。てか、だからお前は場所がどこか知っているよな。


「では、残りの仕事も頑張りましょう」

「はい!」

「頑張ります」

「判りました」


 スバルの元気のいい返事、ラウムもいつも通りの落ち着いた感じだが、嬉しそうだ。

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