第十二章 ミーティア

 ①

 今日の天気は、雲一つない快晴だな。雨が降る日も嫌いじゃないけど、やはり晴れていた方が朝起きた時に、気分が良い。やはり、こんな日は久しぶりにヒナドリで朝食を食べるに限る。そう思って、家を出た俺は、ヒナドリをまっすぐに目指して歩いていた。


「おはようございます」


 ヒナドリの入口のドアを開けると、訪問者を報せるベルが鳴る。


「あら、いらっしゃい」


 ヒナドリ朝の顔であるルーリエさんが出迎えてくれる。俺はこの時間に一人で来ると、なるべくカウンター席に座るようにしている。特にこだわりがあってこういう事をしているというわけではないが、いつも夜はテーブル席に座るから、その反動で昼はカウンター席に座りたいと思っていたのかもしれない。


 カウンター席に座ると、俺はルーリエさんに注文をする。


「タマゴサンドでお願いします」

「判ったわ」


 ルーリエさんが注文を受けて、調理を開始する。ここのタマゴサンドである中身の具材は焼き卵である。しかも、この焼き卵はしっかりとダシを取ったダシ巻き卵なので、これ単体でも美味しいのだが、パンにはさんで食べると、絶品なのだ。


「お待たせ」


 そして、すぐに皿に乗ったサンドイッチが俺の前に置かれる。やはり、ここの料理は匂いを嗅ぐだけで判る。美味しい事が。


「いただきます」


 俺は、サンドイッチを手に取ると、口に運ぶ。パンに噛り付き、口に運んだ瞬間に幸せが届く。なんで、このダシ巻き卵はほんのり甘いんだ。パンのフワフワとこんなにも相性がいい。


「相変わらず、美味しいそうに食べるわね」

「実際、美味しいですからね」


 ウカさんが作っている夜の料理もいいが、朝のルーリエさんが作る料理もいい。というか、夫婦で料理が作れて美味しいなんて幸せな事なんだ。


「でも、この時間に来るなんて久しぶりね」

「そうですね。ちょっと、仕事が忙し過ぎて朝来る事なんて出来なかったですから」

「今日、来たという事は、とりあえずは落ち着いたという事かしら」

「ええ、なんとか」


 嵐は先週ぐらいまでいたのだが、今はもう過ぎ去った後だ。しかも、その嵐の最中に暗殺者クランとのいざこざがあったから、本当に疲れた。


「聞いたわよ。会計部にようやく新しい子が入ったって」

「スバルですね」


 初めての後輩であり、教育係でもあるスバルは、あの日からずっといつも以上にや

る気が有り余っている感じで、仕事をしている。


「ええ。今まで三人だけの期間が長すぎたたので、嬉しいですね。本人もとても真面目でやる気があるんです。あるんですけど…」

「何かあるの? 聞けば、いい子じゃない」

「そう、なんですけどね」


 本人はそれこそ、一生懸命に仕事を覚えようと頑張っている。俺やマルガスさんからも好印象なのだが………ドジっ娘なんだよな。それもまた、俺達が彼女を評価しているポイントである。


 だけど、本人は少しだけ気にはしているらしく、気を付けてはいるのだが、気を付ければ気を付けるほど何かが起こるのだ。最早、何かの付与魔法を掛けられているのではないかと疑ってしまうほどだ。


 まあ、今の所本人に怪我とかもないし、これといった被害もないのでいいのだが。しかし、本当に存在していたとは。


「新人で言えば、クシナダちゃんたちはもう駆け出しは卒業ね」

「そうですね。あっという間でした」


 あの二人に出会って、そしてイチヒメが入って三人になった。最初の頃は、報酬金の確定すら判らなかったのに、今や、ウーラオリオを代表する冒険者パーティの一つにまでなっている。若者の成長というのは、早い。


「旦那も、もう訓練は必要ないんじゃないかって言うほどみたい」

「ウカさんが…」


 最近は俺が忙しいのもあって、参加出来なかったのだが、ウカさんにそう言われるという事は、もうイナバーンでの特訓も大丈夫そうか。


「なんだか、寂しそうね」

「そうかもしれません。本人たちにとってはとてもいい事なんですけど」

「あの人も同じ顔をしていたわ」


 ルーリエさんはクスクスと笑う。ウカさんが寂しそうな顔を……ちょっと見てみたいな、それは。


「寂しくはありますけど、楽しみでもあります。これからあいつらがどこまでいくのかを」

「ふふ」


 そんな俺の言葉にルーリエさんは笑う。なにか面白い事でも言っただろうか? 


「ごめんなさい。別に悪い意味で笑ったわけではないの。ただ」

「ただ?」

「冒険者として先頭を走っていたあなたから、そんな言葉を聞く事が出来るなんてって思ってね」

「もう、冒険者じゃありませんから」

「そう? 私はそうは思わないけど」

「どういう意味ですか?」

「さあ、どういう意味かしらね」


 ルーリエさんはそれ以上何かを言う事は無かった。含みのある言い方をされたが、いったい…。


「何の話ですか?」

「ほわっ!」


 いきなり声を掛けられて、変は声が出てしまう。突然声を掛けられたのもそうだが、声を掛けた人物に対して驚いたという方が大きい。


「アストレイアちゃん、いらっしゃい」

「おはようございます」


 我らがクランの代表たる冒険者『氷星』ことアストレイアがいつもの装備で、立って居た。


「聞いてないよな?」

「? ですから、何の話かと訊いたのですが」

「だよな」


 ふー、危ない。聞かれてなくて良かった。しかし、なんてタイミングで来るんだよ。俺の対応に、アストレイアは少しムッとした様子で、


「ですから、何の話だったんですか?」


 訊いてくる。


「別に大した話じゃない。ですよね、ルーリエさん」

「ええ、そうね」


 ルーリエさんは肯定してくれるが、どこか楽しそうだ。絶対面白い事になったとか思っている。


「いつものでいいかしら」

「はい、お願いします」

「判ったわ」


 ルーリエさんは奥へと引っ込む。そして、アストレイアはそのまま、俺の隣に腰を掛け、先ほどの続きと言わんばかりい口を開く。


「なんだか、怪しいですね」

「何だよ、怪しいって。スサノ達の話とか、会計部に新入職員が入ったって話をしていただけだっての」


 嘘は言っていない。実際そういう話をしていわけだし。


「そういえば、ようやく新しい人が入ったみたいですね」

「そう、会計部待望の新入職員だ」

「ダンジョン探索に行くので、報酬金の確定の時に挨拶出来そうですね」

「おいおい、少しは体を休めろよ」


 この前まで、ひっきりなしに指名依頼が来ていて、忙しかったはすなのだが。それも、ようやく落ち着いてきたのに、すぐにダンジョン探索とは。


「心配してくれてありがとうございます。ですが、最近指名依頼ばかりで、ダンジョン探索の方がおざなりになっているので、落ち着いた今だからこそです。ダンキングさんが、トコヨの未踏破ダンジョンを攻略して先に進んでいるので負けていられません」

「そういえば、お前らのシヅでの活躍と同時期ぐらいに、話題になっていたな」


 ダンキングといえば、前々回の冒険祭の優勝者であり、アストレイアと同じA級冒険者。『破天王タイタン』の名で呼ばれている実力者の一人だ。前回の冒険祭の時には、例の黒い奴に深手を負わせられていたが、その後の躍進には目を見張るものがあった。今回の未踏破ダンジョンの踏破もその一つだ。


「トコヨが攻略される日も近いか」

「だと、いいですが。あのダンジョンは未だに底が見えないですから」


 確かに、王都に近いダンジョンの中でも、あそこは結構深い。それに、前回の裏の住人パンドラーが介入した事件以降、ダンジョン何でも変化があったみたいだから、簡単に攻略とはいかないか。

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