⑯完
「いよいよ、今日ですね」
スバルが緊張した声を出す。嵐が過ぎ去り、いつも通りが戻りつつある中、この財政管理会計部に良い意味で嵐が訪れようとしていた。それで、スバルは緊張しているのだ。
「そうだな」
かくいう俺も少しだけ緊張しているいったいどんな人が来るのかと。そう今日は、いよいよこの財政管理会計部に待望の新入職員が来るのだ。
どれだけ俺達がこの日を待ち望んでいたか。今、マルガスさんが迎えに行っているのを、二人で待っている状況だ。おかげで、さっきから二人とも、どこかソワソワしていて、仕事に集中する事が出来ないでいた。
「先輩、思ったんですけど…」
「どうした?」
対面の席に座るスバルが、書類から目を離し、俺に言ってくる。
「私達、歓迎の準備とか何もしていないんですけど、大丈夫でしょうか?」
「スバル、お前………それは、まずいな」
そうだ、せっかく会計部に来てくれるというのに、俺達は出迎える準備を何一つしていない。ど、どうすればいい!
「どうしますか、飾り付けとか何もしていませんよ!」
「くそっ! 来てくれる事に浮かれすぎて、その辺りの事がすっかり抜け落ちていた!」
慌て始める俺とスバルだが、この部屋に飾りつけの類など、まったくないし、今から買いに行くか? いや、遅すぎる!
「何しているんですか?」
そんな状況を戻って来たマルガスさんが、どこか訊いてくる。どうやら、二人であたふたとしている間に、マルガスさんが来たらしい。きっと部屋のドアもノックしたのだろうが、まったく気が付かなかった。
「いやー」
「これはですね」
二人で何か言おうとするが、待てよ。マルガスさんが戻って来たと言う事は、
「さあ、入ってください」
「失礼します」
マルガスさんが声を掛けると、一人の獣人女性が入ってくる。
「今日からお世話になる事になった、ラウムと申します。どうかよろしくお願いします」
入って来た女性は黒髪をお団子のようにして纏めてある頭を下げる。犬耳が微かに動き、尻尾が揺れている。
「バアルです。よろしくお願いします」
「スバルです! よろしくお願いします!」
スバルは挨拶をすると、すぐに彼女に駆け寄ると、手を取って握手をする。身長はスバルより少し高いので、構図だけ見ればスバルの方が後輩に見えなくもない。
「はい、よろしくお願いします」
スバルがブンブンと凄い勢いで握手をしてういるが、あまり動揺している様子は見られない。思ったより、落ち着いている人なんだな。
「彼女が、ラウム君の教育係になります。スバル君お願いします」
「任せてください!」
スバルが彼女の手を握りながら言う。これは事前に誰が教育係につくかという話になったのだが、スバルに任せて問題はないだろうという判断になった。一番の後輩とは言っても、スバルはここで働き始めて結構経つから、大丈夫だろう。
ただ、意気込み過ぎて空回りしないが、心配なのだが。
「それでは、ラウム君の席はスバル君の隣になりますので、彼女から色々と教わってください」
「はい」
スバルの隣には、真新しいテーブルとイスが設置されていた。先日、買いに行ったものだ。もちろん、経費で落とせるので、この際全部の備品を一新しませんかとスバルが言っていたが、マルガスさんが笑顔で却下していた。
ラウムさんが、自分の席に向かう為、足を前に出したその時、
「ぎゃん!」
受付のテーブルの足に自分の足をぶつけ、悲鳴が上がる。そして、彼女はそのまま、痛みで反射的に自分の足を庇おうと、頭を下げた。そして、
「がはっ!」
盛大にテーブルに頭突きをかまし、また悲鳴が上がる。そして、フラフラと覚束ない足取りになると、
「危ない!」
「ほわっ!」
スバルの咄嗟の声と、ラウムさんが棚にぶつかるのは、ほぼ同時であった。当たった衝撃で棚に置かれていた書類やらなんやらが、彼女に降り注ぐ。そして、その雨が一通り降り注ぎ終わると、何とも言えない静寂が、この財政管理会計課を包んだ。
書類に埋もれていたラウムさんが、バッと立ち上がる。
「す、すいません」
見る限りは怪我とかはしてなさそうだが、今の一連の流れがあまりにも綺麗過ぎて、俺達三人は口から言葉が出てこない。
「ああ、こんなに散らかしてしまって…すぐ、片付けます、のあ!」
今度は床に落ちている書類を拾おうと、屈んだ瞬間、踏んでいた別の書類に足を取られて転んでしまった。
えっ、うん? 待ってくれ、もしかして、これは……。俺は思わず、マルガスさんとスバルを見る。二人とも俺と同じ事を思ったのか、何も言わずに頷く。
「ドジっ娘か!」
「ドジっ娘だ!」
「ドジっ娘ですね」
三人の答えはまったく一緒であった。そんな俺達の言葉に、ラウムさんはキョトンとした顔で見上げるのであった。
こうして、この財政管理会計部におもしろ………また個性的なメンバーが仲間入りしたのであった。
というか、本当にドジっ娘って居るんだな!
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