⑮

「これで、最後か」


 俺は向かって来た暗殺者を倒すと、そのまま警戒しつつ、反転する魂ソウルリバースを指に嵌めて探知魔法を使う。まあ、この魔法を掻い潜る方法もあるから、あまり意味がないかもしれないが。ここまで暴れれば、奴らも気配を完全には遮断出来ないだろう。


 予想はしていたが、反応はない。ほとんどが倒れているな。そして、唯一立って居る人物の元まで移動する。


「これは、また派手にやったな」


 その戦闘の痕から、激しいものだった事が判る。探知に引っ掛かった人物、ヴァンに声を掛ける。そして、すぐそばには、暗殺者の一人が倒れていた。


「生きているんだよな?」

「当たり前だ。せっかくの情報源を失くしてどうする」


 いや、ピクリともしないから思ってしまったが、大丈夫そうだ。他の暗殺者も生かしているから、より多くの情報を獲れるだろう。しかし、こいつだけ他の奴に比べて、装備が違う気がする。


「もしかして、こいつが当代の『首狩りアズラー』なのか?」


 暗殺者クランのマスターに当たる人物に代々受け継がれている名前、それが『首狩り』である。暗殺者クランが衰退するきっかけが前の『首狩り』が暗殺者クランを抜けた事だが、より詳しく言うのであれば、少し違うのだが、ここでそれを語ってもしょうがない。


「いや、違うだろうな」

「どうしてそう言い切れる」

「弱すぎる」


 そう断言するヴァンに対して、俺は腕を組んで考える。仮にそうだったとして、それじゃあ、こいつらをまとめ上げていた人物『首狩り』はどこに居るんだ? もしかして、まだどこかに潜んで……。


「いやいや、あんたらが強すぎるだけっすよ」

「!」


 すぐに俺とヴァンは木剣とチャクラムを構え、戦闘態勢を取る。気配を感じなかったぞ。俺達の視線は、その声の主に向かっている。この口調は、以前聞いた事がある。


 その視線の先には、外套マントを羽織った人物。今回は前回のようにフードを被って顔を隠してはいない。その青髪の男が瓦礫の上に座っていた。そして、その足元には、さっき俺達の元で倒れていた暗殺者クランの人間が居た。


裏の住人かパンドラー


 こいつとこうして直接的に話すのは、スサノ達がモンスターパレードに巻き込まれた時以来だが、こいつはその後の出来事で、色々と裏で動いた奴だ。


「こいつが裏の住人」

「ああ。気を付けろ。あいつは、陰に潜む事の出来る魔道具を持っている」

「なるほどな。どおりで、突然現れた事やさっき倒したはずの暗殺者が奴の足元に転がっているわけか」


 ここに裏の住人が現れたという事は、暗殺者クランと裏の住人は今でも繋がっているという事になる。とりあえず、詳しい事はこいつを捕えれば、すべて判る事だ。


「そう殺気立たないでも良くないっすか。オレッちとしては、ここで二人とどうこうするつもりはないっすよ」

「なら、なんでここに居る」

「それは、もちろん、こいつらの回収っすよ」


 言いながら、足で倒れている暗殺者を踏みつける。


「まだ、情報が洩れるのはまずいっすからね。だからこうして、優しい上司が部下を迎えに来たってわけっすよ」

「という事は、お前が」

「そうっすよ。オレっちが今の『首狩り』っすよ」


 目の前のこのふざけた口調の奴が、当代の『首狩り』だと。だが、そう言われれば、こいつの動きには暗殺者クランの人間に近いものがあった。まさか、裏の住人の一人がそうだったとは。


「でも、流石っすね。こんなに早くここに辿り着くなんて思ってもみなかったっす。パズズ先輩が気に入るわけっすね」


 この場にそぐわない拍手の音が響く。別に賞賛をされたくない相手からの拍手は本当にどうでもいいな。


「おっと」


 自分に対して、飛んできたチャクラムを短剣で弾き、その甲高い衝突音が今度は廃墟に響き渡る。弾かれたチャクラムは持ち主の元へと戻っていく。それは当然、攻撃を仕掛けたヴァンの元に。


「無駄話の多い奴だ。そんなに喋りたいのなら、ゆっくり聞いてやる。地下牢でな」


 ヴァンの殺気が膨れ上がる。これでも、こいつにしては結構待った方か。


「それは嫌っすね。オレっちとしては、もうお腹いっぱいなんっすよ。だから、後片付けをして帰るだけっす。でも、あなたに会えて良かったっす、オレっちの先輩でもある先代の『首狩り』に会えて」


 言い終わると、奴の体が地面に沈むように消えていく。その瞬間、身命を脚に集中させ、奴の居た場所に移動すると、木剣を振り下ろす。衝撃で土煙が舞う。この感触は、


「ちっ、逃げられたか」


 後に残るのは、破壊した瓦礫の残骸だけだった。そこには、何も居ない。そして、俺はヴァンの方を見ると、苦々しい表情をしているヴァンが立って居た。


 その後の顛末を語るとするのならば、俺達は結局情報をしっかりと持ち帰る事が出来なかった、言ってしまえば失敗してしまった。あの青髪の男が居なくなってから、建物の中を見たが、俺達が倒した暗殺者クランの連中は誰一人残っては居なかった。全員、奴に回収されてしまったのだ。


 これで、暗殺者クランから情報を引き出す事は出来ないし、結局の所判った事と言えば、暗殺者クランは裏の住人に取り込まれたという事ぐらいだ。そして、当代の『首狩り』の存在。


 一応、フィンさんとギャランには事の顛末を伝えた。しかし、すべての話をしたわけでは無い。ヴァンと一緒だった事やサイメの存在、そこに至る経緯は喋らなかった。


 二人には怪訝な顔をされたが、これ以上俺が喋る事は無いと悟ったのか、判ったの一言で終わった。あの魔道具開発者の魔導士ベントールさんがこれからどうするかは、本人に委ねた。暗殺者クランに依頼をした事を騎士団に自首するのか、それともこのまま伏せて開発者としてあり続けるのか。


 サイメについては、きっとあのマスターの事だから切り抜ける術を用意しているから、ここは特に何も心配していない。というか、せっかく見つけた行きつけの店を失くすのは惜しいという事も含んではいる。


 今日は、久しぶりに残業なしで上がる事が出来た。あの嵐はどうやら過ぎ去って、また平穏な日常が戻りつつあるらしい。


 今日の俺は、ある人物と待ち合わせをしている。待ち合わせ場所に着くと、もうその人物はすでに来ていた。


「すまん、待たせた」

「いや、今着たところだ」


 その人物、ヴァンは俺に対してそう言う。だから、こういうやり取りは女性としたいのだが。


 とりあえず、どこか話せる所でとなると、ここになる。俺達憩いの場ヒナドリである。やはり、この時間はお客の入りがいいな。少しだけ、待って、俺達は席に案内される。


 壁際の席に通された、俺達は座り、各々注文をする。ちなみに、二人とも今日は肉セットだ。この前、スバルが食べていて美味しそうだったので、ついつい頼んでしまった。


「久しぶりってわけでもないか」


 実際あれから、そんなに日は経っていない。


「それで、何の用だ」


 ヴァンが鋭い眼光を向ける。まあ、いつもの事だが。今日は、俺から声を掛けたから訊いてきたのだろう。


「いや、別に大した事はないが」

「嘘を吐くな」


 いやいや、食事を誘うのに他意があるわけ………まあ、あるんだけどな。


「なんで、判ったんだ?」

「お前が、俺を誘うのに裏がないわけがない」

「お前から見て俺はどういう人間なんだよ」


 気にはなるが聞きたくないというのも、本音である。しかも、今回はヴァンの言う通り裏があるわけだし。


「訊きたい事は判っている。当代の『首狩り』ついてだろ」


 どうやら、何もかも見透かされているみたいだ。


「はっきり言ってしまえば、俺は奴を知らん」


 ヴァンは断言する。先代の『首狩り』であるヴァンが。


「お前も知っていると思うが、暗殺者クラン最後の『首狩り』は間違いなく俺だったはずだ。本来であれば、その代の『首狩り』が次の『首狩り』を指名する決まりだったが、俺は誰も指名する事はせず、それどころか俺は、俺の代であの暗殺者クランを終わらせるつもりで動いた。その結果、暗殺者クランは衰退の一途を辿った」


 それは、良く知っている。なんなら、望まずにそれに手を貸してしまったのは他ならぬ俺自身だからだ。


「だけど、暗殺者クランは息を吹き返した」

「ああ、今回俺が動いていたのは、それを確かめる為でもあった。俺が終わらせたはずのものを誰かが再開させている事は許さない」

「それをしたのが、裏の住人だったわけだ。だけど、お前が暗殺者クランに居た当時にも裏の住人とは繋がりがあったわけだよな?」

「あったが、暗殺者クランとしては、あくまでも依頼をする側とされる側の関係でしかなかった。それが、まさか無くなるならまだしも、取り込まれるとは」


 ヴァンが深いため息を吐く。


「今度こそ、しっかりと終わらせる」


 その言葉と表情から本気なのが伝わって来る。


「気持ちは判るが、だからってまた昔みたく一人で無茶するなよ」


 昔もこいつは、一人でなんとかしようと動き、窮地に陥って、その危機的な状況に俺が介入した。それからの付き合いだ、こいつとは。そういう所は成長して欲しいものだ。


「ふん、どこかの鈍っている会計係に言われたくない」

「へぇー、どこかのギルド職員さんもキレが無くなっているんじゃないですかね」


 俺とヴァンの間で、火花が散る。そんな俺達の間に、その火花をかき消すかのように、頼んでいた肉セットが置かれる。


「お前らは、仲良しだな」


 持って来たのは、ヒナドリ店主ウカさんだが、毎回なんで店主が緒直接運んでくるんですかね? 前回より、明らかにお客さんがいっぱい居るのに。


「誰が」

「仲良しですか」


 そう言って、俺とヴァンは肉を食べ始める。そんな俺達の様子を見たウカさんがやれやれと言った風に顔を振る。その反応は止めてくれません? 後、肉セット本当に美味しいです!

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