⑪

「それで、サイメって店は知っているのか?」


 スタスタと先を歩いているヴァンの背に声を掛ける。俺の言葉に、ヴァンは立ち止まり、振り返ると、


「いや、知らないな」

「ギルドに情報がいっていないという事は、周到に隠されているという事だ。正攻法でいっても意味はない。どうする?」

「俺に考えがある」

「ほう」


 ヴァンの眼鏡がキラリと光った…気がする。なら、大丈夫か。


「任せるぞ?」

「ああ」


 なんとなく、疑問形で言ってしまった。まあ、ヴァンがここまで自信がありそうだし、大丈夫か。また、歩き始める奴の背を俺は追いかけ始める。


 サイメのある裏通りは、どことなく空気が重く、淀んでいる。以前、裏通りで襲撃された時にも、思った事が、夜になると、一段と雰囲気が本格的にあって怖いな。


 さてと、どうするかと思っていると、ヴァンが何の躊躇もなく入口のドアを開けて中に入る。任せろと言っただけあるな、頼りになる。


 中に入ると、店の灯りはあるが、雰囲気がそうさせるのか、どことなく店の空気が外の雰囲気よりも重く暗く感じる。そして、店の中に居る客と思わしき二人も、俺達にようこそと歓迎ムードではなく、どこか探りを入れているような視線だ。素行があまり良さげではないな。


 ヴァンは、まっすぐ店のカウンターまで行くと、空いている席に座る。俺も隣に座る。


「注文は?」


 体格が滅茶苦茶厳つい牛の獣人であるマスターが、そう訊いてくる。うーん、ここで騒ぎを起こすのも得策じゃないな。せっかくなら、何か食べるか。一度こういった店の料理の味を確かめてみたかったんだよな。


 メニューはと訊こうと思い、口を開いた瞬間、


「暗殺者クランに取り次いでもらおうか」


 隣から聞こえたヴァンの言葉に俺は開いた口が閉まらなかった。なんで、ド直球に訊くんだよ、お前は! そんな訊き方したら、


「!」


 俺達の後ろから、何かがが飛んできたので、それをカウンターにあるイスを持ち、それを盾替わりにして、受け止める。イスにはナイフが刺さっていた。やっぱり、店側の人間もいたのか。見れば、攻撃を仕掛けてきたのは、二人か。


 さて、この二人はどうだろうな。一人は、獣人で耳や尻尾を見る限りは女の子で黒猫の獣人。もう一人は男の子の人間で、ナイフを投げつけてきたのはこいつだ。どっちもバリバリに殺気を漂わせている。まったく、何が任せろ、だ。速攻で、厄介な事になっているじゃねえかよ!


「お前ら、止めろ」


 俺達の間に一触即発の空気が流れる。お互いに、相手の動きを伺っていると、まさかの人物から待ったを掛けられる。


「ですが…」

「店で騒ぐな。あんたらも遠慮してもらおうか」


 一人はナイフを仕舞い、もう一人も戦闘態勢を解く。俺も、持っていたイスを下ろし座り……は直せないので、隣のイスと交換する。


「俺達は別に争いに来たわけじゃない。ただ、知りたいだけだ」

「知りたければ、何か頼め。店に入って何も頼まないなんてマナー違反もいい所だ」


 それは、そうだな。


「料理は置いているのか?」


 俺の質問にマスターは頷く。


「今日のオススメは?」

「ワッスダッグの蒸し焼き」

「じゃあ、それを二つで」

「待ってろ」


 それだけ言うと、カウンターの奥で調理を始める。マスターが調理を始めたのと同じタイミングで、ヴァンが俺の肩を掴む。


「おい、どういうつもりだ」

「ワッスダックの肉は美味いんだよ。ましてや、それを使った料理なら間違いなく美味いに決まっている。食べないなんてもったいない」


 ワッスダッグは、鳥型のモンスターで人間の子どもぐらいの大きさのモンスターだ。戦闘力自体は大した事はないが、空を飛べるので、倒すのに苦労する。ベテランの冒険者なら対処を知っているが、駆け出しなどは苦労する事がしばしある。

そして、このモンスターの肉はとても柔らかいのだ。他のモンスターは若干の筋肉質で硬くなりがちだが、このモンスターは他のと比べれば明らかに柔らかく食べやすく、美味いのだ。


「俺が言っているのは、そういう事じゃない」

「なんだよ。他の料理が良かったのか? なら、注文し直すか?」

「わざと言っているだろ」


 眼鏡の越しに睨まれる。


「まあ、落ち着け。さっきから、直球過ぎるし、焦り過ぎだ、ヴァン。ここは相手に合わせる事も重要だ。じゃないと、不要な戦闘になるだろ」


 俺は、チラッと後ろに視線を向ける。マスターに言われて、今は大人しく座っているが、未だに、こちらの様子を伺っている、さっきの二人。また、下手な事になって戦闘になるなんてごめんだ。


「情報だけを引き出す為にもここは、一旦落ち着こうって話」

「……判った」


 ヴァンが肩から手を離すと、大人しくなる。いつもの冷静なこいつにしては、どこか冷静さを欠いているから、ここで落ち着いて貰う為にも、いいタイミングだったのかものしれない。


 しばらくすると、俺達の前に料理が配膳される。おいおい、これはもしかすると、もしかするんじゃないのか!


 出て来た料理は、ワッスダッグの肉を一口サイズにカットされ、蒸し焼きにされた物が六枚さらに乗っており、そこに同じく蒸し焼きされた野菜も添えられている。肉と野菜にソースが掛けられている。


 では、いざ実食!


 フォークを持ち、俺はさっそく肉を口に運ぶ。


「!」


 その肉の柔らかさに驚愕するのと、同時にその美味しさに驚く。肉本来の柔らかさもおうすだが、このソースだ。


「このソースって、まさか…」

「自家製だ」


 やはり、そうか! このソースは、辛い。しかし、あまり辛くはない。言ってしまえばピリ辛という奴か。この辛さが、良い。タレがしょっぱい分、この辛さがバランスを取っていて、この肉の良さをさらに引き上げている。


「おい、ヴァン。お前も食え、美味いぞ」


 難しい顔をしていたヴァンだが、俺の、自分で言うのもあれだが、異様な勢いに圧されて、フォークを手に取り、肉を口に運ぶ。


「!」


 ヴァンの瞼が少しだけ動いたと思うと、次にはもう残りの肉も口に運んでいた。だよね!


 そして、気が付けば俺達二人が料理を完食していた。ご馳走様でした。いやー、思い返せば、ここまで何も食べていなかったから、お腹が空いていたという事もあって、堪能してしまった。


「満足したみたいだな」

 俺達が食べた皿を下げてくれる。そして、空になったコップに水を注いでくる。

「それは、もう美味しかったです」

「そうか」


 さっきまでの硬い雰囲気から、少しだけ和らいだかな? 訊くなら、このタイミングか。さっきから隣の奴からの無言の催促もあるし。


「それで、訊きたい事があるんですけど、いいですか?」

「暗殺者クランについてか」


 皿を洗いながら、特に隠す事もせずに言う。隠す気はないってわけね。


「ここに来れば、依頼出来るって聞きまして」

「聞いてどうする?」

「決まっている」


 ヴァンはそれ以上を口にする事は無かったが、マスターはその先の言葉を察したようだ。まあ、雰囲気からして判るか。


「オレが教えるとでも思っているのか?」

「安心しろ。教えたくさせてやる」


 また、後ろの二人から殺気を感じる。


「落ち着けよ、ヴァン」

「だが!」

「ちなみに、その情報はいくらで売ってくれますか?」


 ヴァンの肩に手を置きながら、マスターに提示する。穏便に済ませるならば、情報は買うに限るが、


「悪いが、理由が理由だ。お前たちに売る事は出来ん」

「言い値で買いますけど」

「悪いが、それが元でオレ達に害が及ぶのはごめんだ」

「……判りました」


 俺はそう言うと、席を立つ。


「料理の代金はいくらですか?」

「1000ゼンだ」


 俺は、二人分の料金をカウンターに置くと、店から出て行こうとする。


「おい、バアル!」


 ヴァンが呼び止めてくる。


「ヴァン、この人は教えてくれないよ。なら、ここに居てもしょうがない」


 自分達に不利なる情報は渡さない。情報を扱っている者にとっては、当然の対応だ。


「なら、どうする?」

「とりあえず、地道に情報を集めていくしかない」

「時間が掛かり過ぎる」


 確かに、時間が掛かる上に、望みは限りなく薄い。


「もし」


 そんなやり取りをしていると、マスターの声が割って入ってくる。


「この辺りをウロウロするつもりなら、はずれの旧治療院の廃墟は止めておけ」

「なっ!」


 そんなマスターの言葉に、黒猫獣人の子が反応する。


「危ない所なんですね」

「ああ」

「判りました。気を付けます」


 そう言って、俺とヴァンは店を後にしようとするが、俺は言い忘れた事があるのに気が付き、足を止める。


「マスター。名前を伺っても?」

「ヘルエスだ」

「バアルって言います。料理、美味しかったんで、また来てもいいですか?」

「今度はもっと美味いもんを食わせてやる」


 また、行きつけが増えてしまった。

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