⑬完

 その後は、捕らえた三人を第一騎士団に連行した。ギャランが居るから、俺はここまでか。それに、余計な詮索はされるのも面倒だしな。後の事はすべてギャランに丸投げして帰る事にした。流石に、疲れた。


 ここ数日、宮廷魔導士第一師団の会計課の仕事をしていたのは、フリでもなんでもなく真面目に仕事をしていたからな。それでいて、帰宅時にはいつ襲われても大丈夫なようにしていたから、疲労も倍だ。もう、帰って休もう。こうして、俺の長いような短い出張仕事は終わったのであった。


「もう先輩、聞いてますか⁉」


 対面の席に座るスバルから俺は大声で喋り掛けられ、意識を現実に戻す。


「なんだよ、スバル」


 俺はうるさい後輩に、返事をする。


「なんだよ、じゃないですよ。帰って来てから、上の空で、計算する手が止まっていますよ」

「ああ、すまん」


 スバルの言う通り、俺は考え事をしていて、仕事の手が止まっていた事は事実だ。


「せ、先輩が謝った…だと」

「お前は、先輩を何だと思っているんだ」


 まったく、この後輩は。


「それで、なんで上の空なんですか?」

「それは、秘密だ」

「教えてくれてもいいじゃないですか!」


 わあと騒ぐスバルをマルガスさんが宥める。


「まあまあ、スバル君。バアル君も王城での仕事で忙しかったそうですから。まだ、その疲れが残っているのでしょう」

「そんなに激務だったんですか?」

「ここの数倍凄かったぞ」


 俺の言葉に、スバルはその仕事場を想像して震えている。

まあ震えている後輩を放って置いて、なんで俺がなんで上の空かというと、今朝早くに、レライーエさんから呼び出しを受けたからである。


「こんな朝早くにどうしたんですか?」


 この数日で、通い慣れてしまった宮廷魔導士第一師団の団長を前に俺は訊く。その団長の横には、第一騎士団の団長でもあるフィンさんも居る。この二人が揃っていて、俺がこうして呼び出されているという事は、ある程度予測は出来るが。


「もしかして、事件の事で進展がありましたか?」

「ええ。その事であなたを呼び出したの。この事件の功労者は間違いなく、あなたなのだから」


 フィンさんも頷く。


「カール達はすべてを話ましたか?」

「いいえ。黙秘を貫いているわ」

「えっ、それって進展してるんですか?」


 むしろ、何も進んでいないのでは? 首を傾げながら訊く俺に、フィンさんがレライーエさんの代わりに答える。


「宮廷魔導士の方は、黙ったままだ」

「カールはという事は、騎士団の方が口を割ったという事ですか」

「正確には、違うがな」


 さっきから、なんだかすっきりしない言い方をしてくる。流石に、俺は真意を聞きだそうと、


「どういう意味ですか? そろそろ、はぐらかさないで、何があったのか教えてください」


 こんな朝早くに呼び出しておいて。なぜそんなに勿体付けるのか判らない。


「捕まえた騎士団の二人は、何も覚えていなかった」

「はい?」


 覚えていない? 何を言っている。俺とあんな激しい戦闘をして、ギャランにあんなにボロボロにされていたというのに…ハッ、まさか、


「ギャランがやり過ぎたせいで、記憶が…」


 何がやり過ぎていないだ。しっかりと出ているじゃないか、あのモテ男め!


「そういう事じゃない。あの騎士の二人は操られていた」

「操られていた?」

「そう、『魅了するものチャーム』でよ」

『魅了するもの』その魔法は、対象を術者の虜にする魔法。その効果は、術者の力量で変化するが、もしあれが操られた上での行動だとするならば、相当の使い手だぞ。

「その『魅了するものチャーム』は解除されたという事ですか?」

「騎士の二人は解けたわ。でも、カールのは深く魅了されていて、解除には至っていないの」

「ちょっと待ってください。レライーエさんでも無理だったんですか?」

「ええ。第二師団の子達にも頼んでいるけど、時間が凄くかかりそうなの」

「それは…」


 そこまで、深い魅了。むしろ、洗脳に近い。少なくとも、そこまで強い使い手を俺は訊いた事が無い。


「つまり、今回の裏切り行為は、何者かによる『魅了されるものチャーム』で操られた者が起こしたものだった」

「ええ。そして、その魔法を掛けた者が今回の本当の敵ね」

「しかし、騎士の連中はまあ判りますが、魔導士相手にそこまで深い魅了を掛けられるとは…」

「改めて、裏の住人パンドラーの認識の危険度を上げるべきだな」


 フィンさんの言葉の通りだ。昔から、活動はしていたが、ある一件から奴らは、その行動を表立ってする事は無くなった、しかし、ここにきてのこの、行動の大胆さ。一体何が起きようとしている? いや、もうすでに事は起こり始めている。


「事件の結末としてはこれで、幕引きね。私達はより一層気を引き締めなければいけないわね。裏の住人パンドラ―の存在について」

「そうだな。前回の事といい、今回発覚した事といい、流石に野放しにはもう出来ん」


 奴らとの戦いの全面化が本格的に動き出そうとしていた。


「お二人に訊きたい事があるんですけど?」

「なんだ?」


 ついでに、俺は気になっていた事を訊いてみた。


「前回の騒動で、盗まれた物について」


 その瞬間、二人の空気が変わった。


「お前、どこでそれを…」

「ウチのクランマスターからちょっと」

「はぁ、あの子はもう」


 レライーエさんは頭を抱える。一応、国宝が盗まれたわけだから、外にこの情報が洩れないようにしていたのだろう。


「まあ、あの子に話をした時点で、あなた達に伝わらないわけがないわね。それに、あなた達が知っているなら、もしもの時の対処もしやすいわね」


 そう言って、自分を納得させているように見える。


「そうだな。これで、有事の際は、協力させやすくなった」


 あれ? もしかして、俺余計な事を言ったのかもしれない。


「正直、なんであの剣を盗んだのか、俺達にも判ってはいない。あの魔剣はもう力を持ってはいないからな。この国の象徴的な物でしかなかった。それを、なぜ奴らがあんな騒動を起こしてでも欲したのか」

「そこが、謎なんですよね」


 以前、プルーティアとベリトとも話をしたが、結局俺達も答えを出す事は出来なかった。二人にも心当たりはないとなると、裏の住人はどうしてなの神聖魔剣を盗んだのか、理由が見えてこないだけに、不穏な気持ちが残る。


「それも含めて、調査は進めていくわ。バアル、今回は本当にありがとう」


 そんなやり取りが今朝あったのだが、『魅了されるものチャーム』を使う魔導士か。ベリトが戦ったというエルフの奴か、それとも、まだ見ぬ敵か。はあ、仕事ではなくて、全く別の事で頭を悩ませるとは、冒険者は引退したというのに。


「えっ、先輩そうなんですか⁉」

「はい?」


 ちょっと今朝の事を思い出していたら、いきなりスバルの声で現実に戻される。てか、この喧しさもなんだか久しぶりに感じるな。


「だから、宮廷魔導士第一師団の会計課に誘われたって」

「ああー」


 そういえば、最後にもし今の所をクビになったら、いつでも歓迎しますよとか言っていたっけか。


「ちょっと、先輩に抜けられてしまったら、この課はどうなるんですか! ただでさえ、人が入ってこないっていうのに、先輩は裏切るんですね!」

「人聞きの悪い事を言うな。誰もここを辞めるだなんて言ってないだろ。ちゃんと断ったわ」


 正直あんな激務は嫌だしな。


「さ、流石、先輩! 私だったら、辞めているかもしれないのに」

「おい」


 俺の事を散々言っておいて、それかよ。


「冗談ですよ。私は今のこの職場が好きですからね。辞めたりなんてしませんよ」


 その言葉にマルガスさんは拍手をしている。


「ちなみに、ここの給料の倍は出るぞ」

「………まあ、実際はどうなるかは判りませんよね!」


 マルガスはため息を吐く。やれやれだな、こいつは。でも、この会計課を離れて数日だったけど、なんだかんだで、安心するな。結局、俺も今のこの職場が好きなんだな。


 アークとは違うけど、今のこの財政管理会計部が俺の居場所なんだな。俺は、そんな事を思いながら、未だ騒いでいるスバルとそれに付き合っているマルガスさんの会話の中へと入っていくのだった。

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