⑧

 会計担当の部屋に着いた時、中は慌ただしかった。それは、そうだろ。いきなり、自分が所属する組織のトップが来て、書類を用意するように、言われたのだ。しかも、今すぐにと。しかも、この感じだと、きっとフィンさんは何にも、理由を話していないのだろう。


 部屋の一つの机に、夥しい量の書類の山が並ぶ。用意してもらった側が言うのもなんだか、この量を見ていくのか。俺は、心の中でため息を吐く。


「とりあえずは、用意をさせたが、これでいいか?」

「あっ、はい、大丈夫です」


 俺は、イスを引き、席に座ると、その書類に目を通していく。これは、今日中には終わらないかもしれないが、宮廷魔導士第一師団の時とは違って、探すべきものは決まっているので、その分時間はあまりとられないかもしれない。


「では、儂は訓練場に戻る。何かあればそこの男、サーカルスを頼れ」


 フィンさんに言われた男性、サーカルスはおずおずと頭を下げる。彼がこの書類を用意してくれたのだろう。「ありがとうございます」俺は礼を言うと同時に二人に頭を下げる。フィンさん部屋を出て行き、サーカルスさんも仕事に戻っていく。さて、とりあえず、見ていきますか。


「おい、起きんか」


 俺はその声で沈んでいた意識を浮上させる。目の前には、見知った人物が立っていた。


「お前が帰ったとは聞いていなかったから、まさかとは思ったが、まさかここで夜を明かすとはな」

「フィン…さん?」


 まだ完全には覚醒しきっていない頭でなんとか言葉にする。ああー、段々と頭が覚醒してきた。そうだ、俺は書類を見ていて、そのまま、帰るタイミング逃して、ここに泊まったんだった。てか、机に突っ伏して意識を手放したから、体が痛い。


「どうだ、何か判ったか?」


 体を伸ばしている俺に、フィンさんが訊いてくる。俺は、


「その前に、体を洗わせて貰ってもいいですか?」


 そう言った。


 さっぱりして、体を綺麗にして、頭も完全に覚醒した俺は、フィンさんと一緒に、城の中にある騎士団や宮廷魔導士が利用する食堂で、朝食を食べていた。本来であれば、フィンさんのような役職の人間は、こんな場所で料理を食べる事は無いのだが、俺がここで食べたいと言ったら、何故だかこの人もここで食べると言い出した。おかげで、俺達の周りだけ、人は少ない上に、注目の的過ぎて、せっかくの料理が楽しめない。


 当の本人は気にもしていない。いや、せめてあなたは気にしてくださいよ! ああ、どうしたもんかなと思っていると、


「団長、こんな所で食事をしていると、他の者達が気が気じゃないんですけど」


 短く切り揃えられた金髪の整った容姿の男性がそう言ってくれる。


「ギャラン、良く言ってくれた」


 俺はその人物、ギャランにお礼を言う。


「なんだ、ギャラン。別に儂がどこでメシを食おうが、関係はないだろ」

「そうはいきませんよ。あなたが居るだけで、騎士に緊張が走りますから、あなたはもっと自分の存在の大きさを自覚してください」


 周りの騎士やら魔導士もその言葉に続くように、うんうんと首を縦に振っている。言われた本人はどこか不服そうだ。そう言ったギャランはフィンさんの隣に座る。俺は二人と対面で座っているのだが、しっかりとフィンさんの隣に座るあたり、流石は、副団長と言ったところか。いや、関係はないか。


「ギャラン、久しぶり」

「うん、久しぶりだね、バアル。昨日、訓練場で見かけたけど、珍しいね、君がここに居るなんて」

「まあ、そうだよな」


 絶対に居ない人間がここに居るんだもんな。


「ちなみに、この空気は団長だけじゃなくて、君も影響しているからね」

「えっ」

「普通そうでしょ。団長と仲良く食事をしているに人が居て、それが見ず知らずの人間ときたら、注目の的にもなるよ」

「はあー」


 道理でさっきから、妙に見られていると思ったら、そう言う事かよ。てっきり、フィンさんがここに居る事が、珍しくてだと思っていたが、まさか、俺もそこに含まれているとは。


「いちいち、そんな事を気にしていられるか」


 そう言って、フィンさんは料理を食べる。ギャランが隣に座ったのと、話を掛けた

事によってからか、他の人達も散って行く。流石、モテ男。こういう気配りが出来る上に、容姿も整っていたら、そりゃ、世の女性は放っておかないか。前に話しを聞いた時、縁談の話が引っ切り無しで困っていると言っていた。世の男性陣が聞いたら、怒り心頭で襲い掛かってきそうなもんだが、きっと返り討ちに遭うだろう第一騎士団副団長の名は伊達ではない。


「どうだい、ここの料理は?」

「前々からここの料理食べてみたいと思っていたが、美味しいな」


 実は、俺はここの食堂の料理を前々から食べてみたいと思っていた。ここの料理長は、王族の料理も担当している。もう、それだけで食べてみたいと思わせるには充分だ。


 そして、俺が頼んだのは、パンとスープのセットなのだが。このパンはサンドイッチになっており、中にはなんと、トンテーキという猪型のモンスターの肉が照り焼きにされ、挟まれている。トンテーキはモンスターなのに、あまり人を襲う事はなく、むしろ、ひっそりと森の奥で生息しているような生物だ。では、なぜこのトンテーキがモンスターと言われているのかは、体の大きさからきている、体の大きさは、成体で約五メイルほどで、そこら辺の建物よりと圧倒的に大きいのだ。


 その大きさから敵があまりいない事によって、好戦的ではないが、いざ戦闘になると、その巨体をいかんなく使った突撃の破壊力は凄まじい。討伐には苦労するが、その分その素材は高値で取引されている。そして、トンテーキの肉もその一つだ。


 しかし、このサンドイッチ本当に美味しい。噛めば噛むほど出てくるこの肉汁が凄い。病みつきになってしまう。


 そして、このスープも美味い。野菜のスープなのだが、このサンドイッチの味が濃いからなのか、スープは対照的に薄めに作られているが、その薄さがちょうどいいのだ。これは、バランスを凄く考えて作られている。もう、朝から最高です。

 そんな至福な時間を堪能していると、ギャランが声を掛けてくる


「それで、バアルはどうしてここに居るの?」

「フィンさんからは何も聞いていないのか?」

「団長からは何も」

「うーん」


 俺は唸りながら、フィンさんの方を見る。サンドイッチを豪快に食べていた。フィンさんはこっちの視線に気が付くと、首を横に振る。これは、言っていいのだろうか。いや、フィンさんが言っていないという事は、これは内密にしておくべき事なのかもしれない。


「バアルには、少し頼み事している。気になるか?」


 サンドイッチを飲み込み、フィン団長ギャランに訊く。その言葉にギャランは、


「気になるかならないかで言えば、気になりますが。団長の事です、もし僕が必要になれば、その時におっしゃってくれるでしょう。なら僕は、それにいつでも応える事が出来るようにするだけです」

「判っているではないか、流石は儂の部下だ」


 それで、この話は終わった。これだけは言えるが、このギャランが内通者である事だけは絶対に無い。というか、こいつ本当にカッコいいな!

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