⑤

「ここの部屋を使ってください」


 俺が案内された、部屋はきっと外部の人間が来た時に使う応接間の一つだ。部屋は中々に豪華な装飾品が飾られている。ただ、部屋の中央にあるテーブルに置いてある大量の紙の山が、この部屋で唯一浮いている。


「見ていただく物は事前にご用意してある、あちらになります。もし、何かありましたら、テーブルに置いてある呼び鈴でお呼びください」


 そう言うと、カールさんは部屋から出て行く。後に残ったのは、俺と膨大な書類の山だった。ええー、これを一人で全部確認するんですか。何日掛かるんだよ!

 俺は、ため息を吐くと、イスに座り、紙の山に挑み始める。


 しかし、こうして見てみると、流石はスエラル国が誇る魔導士部隊だな。その規模に比例するかのように、消耗品やらの費用がすごい。俺が今見ている第一師団は国防、つまり戦闘が主な仕事なので、度々遠征も行っている。前回のヒドラは冒険者クランに依頼が来たが、騎士団や宮廷魔導士の部隊が動く場合もある。なぜ、わざわざそんな事を行うのか。それは、当然国の危険を取り払う為というのもあるが、他の理由もある。軍事力はとどのつまり、国力に繋がるからだ。危険なモンスターをクランの冒険者が倒せば、クランや冒険者の地位やら名誉やらが上がる。しかし、騎士団や宮廷魔導士がそれらを行えば、それだけでなく、国の力を知らしめる結果になる。


 では、誰に知らしめるのか。それは当然他の国々に対してだ。スエラル国は諸外国とは、基本的に不可侵条約を結んでいて、戦争になるような事態になってはいないが、他の国では戦争などで利益を上げる国をもあるので、こういった力の誇示は必要になる。


 ちなみに、ダンジョン探索も行う時があり、これは冒険者と違って、探索が主ではなく、訓練の一環として潜る。なので、騎士団や宮廷魔導士は基本的に、ダンジョン内のモンスターの素材を手にしても、すべて国のお金となる。もし、黙って素材などを換金などしようものなら、厳罰に処される。


 こういった事を日常的に行っているからだろう。それだけ、入用になるわけだ。この領収書の束を見ると、本当に凄いな。きっと、暇な時なんてないんだろうな。俺は、今の職場で良かったと少しだけ思った。


 でも、今の所、おかしいと思う所は特にない。数字も合っているし、しっかりと管理も出来ている。レライーエさんは俺に何を気付かせかったのか。まだ、見えてこない。


 そんな風に、領収書や資料の束を見ていると、部屋がノックされる。すると、さっきの俺を案内してくれた女性、カールさんが入ってくる。


「お疲れ様です。よろしければ休憩にされませんか?」

「是非とも」


 願ってもない提案に俺に断るという言葉は存在しなかった。テーブルの上に乗っていた物を一旦どかして、そのテーブルの上に、カールさんがカップと、焼き菓子を置いてくれる。


 カップから香るこの匂い、上質な茶葉の紅茶だな。そして、この焼き菓子も絶対美味しい店のデザートだ。


 カールさんは置き終わると、部屋から出て行く。まずは、この紅茶から飲むとしよう。紅茶なんて普段あまり飲まないが、俺はカップに口を付ける。うん? この紅茶なんだか、甘い。俺が飲んだ事ある紅茶は、どこか苦みがある物が多かったがこの紅茶は甘いぞ。俺は、そのまま、焼き菓子を頬張る。な、なんだと! こっちは、どこか酸味があるだと。これは、柑橘系を含ませている菓子だ。


 このスイーツは、二つが合わさって一つのスイーツなんだ! こんなスイーツがこの世に存在していたとは…俺は、気が付けば、皿の上は綺麗になっていた。そして、最後に、紅茶を飲み干す。


 正直に言おう。これだけで、今日ここに来た意味はあったな。俺は終わったタイミングでも見計らってかのように、カールさんがドアをノックして入って来る。この呼び鈴の意味がまるで無いな。

 空いた皿を下げてくれるカールさんに俺は礼を言う。


「ありがとうございます。とても、美味しかったです」

「お口に合ったようで、何よりです」


 なんだか、仕事しに来た気分ではなくなってしまうが、そろそろ切り替えないといけないか。


「どうですか? 進捗の方は」


 心の中で切り替えた途端、カールさんが訊いてくる。


「そうですね。順調と言っていいのかどうかはまだ判らないですね」

「何か不備でも?」

「いえ、そういうわけでは…」


 うーん、特に不備がないから困っているのだが。レライーエさんは俺に何を期待しているのか。でも、まだまだ山は残っているから、ここから何かがあるのかもしれないが。


「それなら、安心しました。では、邪魔をしてしまうのも申し訳ないので、私はこれで」

「はい、ありがとうございました」


 部屋を出て行く前にもう一度一礼して部屋を出て行く。さて、じゃあ休憩も終わった事ですし、仕事の続きをしますか。俺は、紙の山をテーブルの上に築き直すと、相棒でもある計算できるんと共に再度登頂するのであった。


 日が傾き始め、そろそろいい時間になり始めたが、ようやく半分終わったところだった。だけど、これと言って特に気になる事を見つける事は出来なかった。計算上の不備は今のところはない。請求されている金額にも特に不審な点は少なくともない。本当に、何かがあるのか? いや、レライーエさんが何も無い事を頼んでくるかだろうか。それに、まだ半分しか見ていない。何も無いと判断するのは、せめて最後までしっかりと見てからにしよう。


 とりあえず、俺はテーブルの呼び鈴を鳴らす。すると、カールさんが部屋に来てくれる。


「すいません、そろそろ」

「はい、お疲れ様でした」

「帰る前に、レライーエさんに会いたいのですが…」

「申し訳ありません。団長は急な仕事で、もし言伝があれば私が受けますが」

「いえ、そういう事でしたら、大丈夫です。では、また明日」


 俺はそう言って、部屋を出る。とりあえずの進捗は、また明日にでも来て言えばいいだろう。俺は、肩をパキパキ鳴らしながら、家路についた。

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