④

 宮廷魔導士は、国に仕えている魔導士の事を指す。宮廷魔導士とは一言に言っても、様々な役割がある。


 スラエル国は、第一師団と第二師団の二つに分けられる。第二師団は主に、魔道具の開発ならびに、その調整、または魔法の開発、研究などを主だって行う。そして、俺が今向かっているのは、第一師団。この第一師団は、国防つまり、戦闘を主だって行う。


ちなみにだが、この王都に張られている結界の魔道具の管理をしているのは、第二師団の連中だが、その魔道具に注ぎ込む魔力は、両師団が持ち回りで行っている。それなり、宮廷魔導士の数は居るはずだが、それでも、あの結界の維持にはそれなりの魔力が必要というわけだ。


 第一師団の屯所は王城あり、俺は今、その城の門の前に居る騎士団の騎士に止められていた。


「だから、俺は仕事で来てるって言いましたよね」

「悪いが、そんな連絡はこちらに来ていない。お引き取り願おう」


 呼ばれて来てみれば、連絡は言っていないってそれはないのでは? 俺は呼ばれて来たのにこの仕打ちは一体なんだ、本当に帰っちゃうぞ!


「なら、せめて宮廷魔導士第一師団の師団長に話を通して貰えませんか?」

「あの方は忙しい方だ。こんな事で煩わせたくない。それに、もし本当にあの方から頼まれているのなら、我々の元にまで連絡が来ているはずだ」


 それは、そうかもだけど。もしかしたら、何かの行き違いの可能性もあるだろう。もしかして、俺怪しまれているのか?


 そう思うと、段々と騎士団の俺を見る目がなんだか、怪しくなってきた。ここは、一度帰って、改めてマルガスさんに訊いてみるか。このまま、言い合ってもきっと目の前のこいつらは譲らないだろう。くそ、お前らの顔覚えたからな! などと、やられ役の小悪党のようなセリフを心の中で投げつけながら、俺は立ち去ろうとすると、


「すまん、遅れてしまった」


 厳かな声がその場に響く。城の方から、傷だらけのフルアーマーを着た男がこちらに向かっていた。おいおい、なんであんたがここに来てるんだよ。

 騎士団の連中は、その男を見るなり、敬礼をする。


「フィン団長、どうしてここに⁉」


 その男、短髪の黒髪に左目に大きな傷がある。雰囲気だけで、歴戦の猛者という事が伝わってくる。


「どうしても何も、そこに居る奴を迎えに来たんだよ。レライーエの奴の頼みでな」


 そう言って、俺に近づいてくる。てか、なんて人を迎えに寄越してるんですか、あの人!


「で、ですが、そんな報告は…」

「ああ、すまん。儂が直々に迎えに来るつもりだったからいいかと思って、お前らには何も言わなかったんだ。その結果、遅れてしまったから、これは儂の落ち度だな。申し訳ない」

「い、いえ、そんな」

「これからも、頼む」

「はい!」


 師団長から言葉はとんでもない効果があったみたいだ。さっきまでの雲行きが怪しい感じは無くなった。


「じゃあ、行くぞ」


 俺にそう言うなり、来た道を引き返して行く。俺は言われるまま、後に付いていく。騎士団の連中は先ほどとは違い、すんなりと俺を通してくれた。


「悪かったな、遅れて」


 目の前を歩く人物は俺に謝罪する。


「別に、構いませんけど。わざわざ、あなたが迎えに来るなんて」

「意外か?」

「それは勿論」

「ははは、だろうな! この儂を使いに出す存在など、王を除けばあの女だけだろうな」


 そう豪快に笑うが、言っている事は充分恐ろしい。俺の目の前を歩くこの隻眼の男は、フィン。第一騎士団団長をしている男だ。宮廷魔導士と同じく、騎士団もいくつか分かれている。


 第一師団がこの王都を主に守る役割、第二師団がスラエル国の国境付近を守る役割、第三師団が、王都を除く他の街を守る役割を担っている。


 その第一師団の師団長このフィンなのだ。実際、先のヒドラ襲来に伴う、モンスターによる王都の襲撃の際は、城に近づくモンスターを屠っており、かつ騎士団の連中を指揮していたのだから、凄い傑物だ。そして、俺がアークの一員だと知っている数少ない人物でもある。


「ていうか、なんでフィンさんが俺の迎えに来たんですか? むしろ、来るなら宮廷魔導士の誰かが来るのが普通では?」


 宮廷魔導士の依頼で俺は今日ここに来たので、むしろ来るなら、魔導士の誰かと思うのが普通だろ。なんで、騎士団のしかもその団長が、ただの会計係を迎えに来ると思うんだよ。


「あいつから、お前が来ると聞いたから、儂自ら出迎えってやろうと思ってな。お前に会うのも久しぶりだからな」

「だからって…」

「それに、今回の件は少なからず儂も関わっているからな」

「それって、どういう?」

「おっ、そんな事を話していたら、もう着いてしまったか」


 フィンさんの言葉通り俺は今日の仕事場、出張のようなものだが、目的の場所へと到着した。


「それじゃあ、詳しい話は、レライーエから聞け」

「えっ、ちょっと!」


 俺の言葉などどこ吹く風なのか、すでにこの場から去り始めていた。あの人は変わらず自由な人だな。はあ。俺は一つ息を吐くと、目の前のドアをノックした。中から返事が返ってきたので、俺はドアを開ける。


「失礼します」


 部屋は広いのだが、明らかに異様な物は、壁一面が本棚になっているという事だろう。ウチの会計課でも、ここまでびっしりとしてはいない。そして、この部屋の主は、その部屋の奥、ちょうど俺の対面に居た。

 正面のテーブルには、山のように積み重なった書類の山、そして、その書類を一枚一枚確認して判を押していく女性が一人。この人が、俺ここに呼び出した張本人。しかし、相変わらずこの人は忙しそうだ。


「よく、来てくれたわね。バアル」


 宮廷魔導士第一師団団長レライーエ。肩に掛かる白髪の髪に、紺のローブの胸元には、第一師団のエンブレムでもある火を模した模様が縫い付けられている。


「お久しぶりです、レライーエさん」


 俺は頭を下げる。


「そうね、どのくらい久しぶりかしら?」

「マルガスさんの誕生日を祝う時に会ったきりですので、約一年ぐらいでしょうか」

「もうそんなに経つのね。ほんと、この年になると時間が経つのはあっという間だわ」 


 彼女は席を立つと、俺の方に近づいてくる。そして、右手を差し出してくる。俺はその手を握り返す。


「主人がお世話になってるわね」

「いいえ、むしろこちらがお世話になりっぱなしです」


 そうこの人は、俺の上司マルガスさんの奥さんでもあり、ウチのクランマスターでもなるプルーティアの魔法の師匠だ。


「あなたの後輩の、スバルちゃんも元気にしている?」

「あいつは元気過ぎです。喧しいくらいに」


 そう言うと、レライーエさんはくすくす笑う。


「主人は本当に、良い部下に恵まれているわね」


 そう言われてしまうと、照れる。俺は照れ隠しの為に、ずっと疑問に思っていた事を訊く。


「それで、レライーエさん。どうして、今回、ウチの会計課にこの話を?」


 俺がまず気になったのはそこだった。


「俺の記憶が確かなら、宮廷魔導士師団の帳簿関係の査察って、しっかりと外部に依頼する所がありますよね。それも、定期的に頼んでいるはずです。それをしている上で、わざわざウチに頼んだ理由が判りません。マルガスさんに訊いても、詳しい話はあなたに聞いてくれとしか言われませんでしたし」


 騎士団もそうだし、宮廷魔導士師団もそうだが、しっかりとウチみたく会計課のような人間は居る。そして、それを正しく計算出来ているかの確認を行う専門の外部機関もある。それなのに、なぜ冒険者クランの会計課に頼んだのか。自分で言うのもなんだか、俺もそこそここの仕事は長いと思うが、それでも専門の人間には及ばない。


「確認はして貰ってるわ。でも、人のする事。もしかしたら、見落としがあるかもしれない。なので、あなたにはその見落としを見つけて貰いたいの」

「レライーエさんは何か気がかりがあるんですね?」

「ええ」

「その気がかりとは何ですか?」


 レライーエさんは、俺の質問に答える代わりに、テーブルに置いてあった呼び鈴を鳴らす。すると、部屋のドアが開き、ローブを着て眼鏡を掛けた魔導士の女性が入って来る。


「とりあえず、まずは見て貰っていいかしら。その後であなたが気付いた事、もしくは何もないのかの話を聞かせて」


 どうやら、今この場では、話をしてはくれないみたいだ。なら、直接この目で見てみるしかないか。


「判りました」


 俺の返事に彼女は、頷くと、入ってきた女性に言う。


「彼の案内をお願いね、カール」

「はい、団長」


 カールと呼ばれた眼鏡の女性は一礼すると、俺の方に視線を向ける。


「カールと申します。よろしくお願いします」

「バアルです。こちらこそよろしくお願いします」

「では、案内します」

「はい、お願いします」

「期待しているわよ、バアル」


 部屋を出る際、彼女は俺にそう言う。俺は一体何を期待されているのだろうか?

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