③
昨日はいい休日だった。今日の仕事もまた一段と頑張れそうだ。とは言っても、やる事が今は本当に無い。だけど、しばらくしたら、冒険者達がこぞってここに来る事だろう。
何故なら、ウーラオリオに所属している冒険者は依頼やダンジョン探索でほぼ全員で払っているからだ。なので、このクランは静かだ。この建物に居るのも、ほとんどが一般職員だけだ。
「せんぱいー」
「なんだ?」
スバルが机に突っ伏しながら俺を呼ぶ。いや、お前、一応今俺達は働いている最中だぞ。
「暇でーす」
「奇遇だな。俺もだ」
本当にやる事が無さ過ぎて、こんな気の抜けた会話が出来てしまうほどに。そんな風にしていると、この財政管理会計部のドアがノックもなしに開かれる。そして、入って来た人物を確認すると、俺とスバルは明らかにため息を吐く。
「おい、俺が入って来た瞬間にため息とはどういう事だ」
明らかに、不愉快極まりないと言わんばかりの声で俺達に訊いてくるのは、このウーラオリオに所臆しているB級冒険者エイガストだった。
相変わらずの自己顕示欲の塊と言わんばかりの、ピカピカのアーマー、いつもの取り巻き共も一緒か。
「いや、気にするな。深呼吸をしていただけだから」
「そんな深呼吸があるか。ふん、呑気なものだな、お前らは」
「なんだよ、嫌味でも言いに来たのか?」
だとしたら、こいつこそが本当の暇人だと思うのだが、こいつは「そんなわけあるか!」と大声で言うと、取り巻きの一人に何かを催促する。催促されたそいつは、紙の束をエイガストに渡す。
そして、その紙の束を受付のテーブルの上に勢いよく置く。叩きつけるという表現が合っている気がする。
「依頼報告書とダンジョン探索での報告書だ。さっさと確定の計算をしろ」
「はいはい」
もう、なんかこいつがこう頼み方しか出来ないのは、これが普通過ぎてもう慣れてしまった。
しかし、最近前にもまして、依頼やダンジョンでの探索に精を出しているのは、きっとあれが理由だろう。俺は、その理由になっている物に目を向ける。そんな、俺の視線に気が付いたのか、エイガストは誇らしげな表情になり、
「冒険者ではない、お前でも流石に気になってしまうか。この『
そう言って腰の剣に手をやる。いや、別にそこまで興味はない。なんなら、俺はその剣とお前よりも早くに出会っているからな。なんてったって焼いた焼かれた関係だからな。
そう、以前ウチのクランに、というか実際はアストレイアに贈られる物だったが、本人がそれを拒否した事で、彼女の所属しているクラン、つまりこのウーラオリオの所有という形になったのだが、その所有を希望するものが、それはもう数多く居た。その中で、選ばれたのが目の前のこいつだ。
選ばれた時は、それはもうこいつの喜びようはなんと表現していいか判らなったが、それと同時に、このクランのマスターでもあるプルーティアから、ある事を言われていた。
「もし、その剣を使って不甲斐ない冒険者にでもなってみろ。すぐさま、その魔剣は取り上げ、貴様をこのクランから追放するぞ」という有難い言葉を貰ったので、どうあっても頑張るしかないエイガストは、それはもう凄い勢いで頑張り始めたわけだ。
だが、相も変わらず俺達に対する態度は変わらない。まあ、俺もこいつの事は変わらず嫌いであるが。
魔剣を持つエイガストを褒めている取り巻きと、それに応えるエイガストを後目に俺は仕事をする。スバルに至っては、関わらいないようにしているし。さっきまで、暇とか言っていなかったか?
計算が終わり、俺は、確定書をエイガストに見せる。それを見たエイガストは、黙って見ている。そして、俺を見る。なんだ、また何か言われるのか? などと思っていた俺だが、エイガストは特に何かを言うわけでもなく、受付に備えてあるペンを使った、仮の確定書にサインする。
「じゃあ、後は頼むぞ会計係」
そのまま去ろうとするエイガストを見て、俺は少し驚いた。あの、エイガストの口から頼むなんて言葉が出てくるだと…。
「お前達はそれぐらいしか出来ないんだから、しっかり働けよ」
うん、俺の気のせいだったわ。魔剣を持った事で何かしら変化があったと思ったが、こいつは変わらんわ。
部屋を出て行くあいつを見ながら俺はそう思った。
「相変わらずですね、あの人は」
「それについては同意だな」
「ああ、あの人じゃなくて、アストレイアさんが来てくれればなー」
「そうなったらなったで、お前仕事にならないだろう」
熱烈なアストレイアファンであるスバルが、しっかりと対応出来るのか?
「前までの私だと思わないでください、先輩。あの食事会を経て、私はアストレイアさんとまともに喋れるようになったんです!」
「それは、良かったな…えっ、それだけ?」
本当にまともに喋れるようになっただけなの? もっとこうさ、ないのか?
「それだけとはなんですか! いいですか、先輩。アストレイアさんみたいな女神と喋る事がどれだけ名誉な事か、彼女を前にしただけで萎縮してしまうのが普通なんです」
「いや、そんな風に言うのはお前だけだ。そして、決して普通などではない」
「ですが、私はそれを度重なる会合を経て、私はアストレイアさんと世間話を話せるほどになったのです」
俺の言葉など、まるで聞こえていいかのようだ。まあ、こいつなりに頑張っている…そういう事にしておこう。しかし、スバルはいつかアストレイアの事を様付けとかし始めるのではないかと、若干心配になってしまう。そんな風に呼んだ暁には、アストレイアの困った顔が見れる事は間違いない。そんな他愛のないやり取りをしていると、部屋のドアがノックされる。この段階でエイガストでない事は確定だった。
「なんだか、賑やかですね」
俺の上司でもあるマルガスさんが帰ってきた。
「おかえりなさい、マルガスさん。また、スバルがバカな事を言っていただけですよ」
「ちょっと、先輩バカとはなんですかバカとは!」
「安心しますね、二人のやり取りは」
そんな俺とスバルのやり取りを見て、笑うと、
「そうだ、バアル君」
「はい」
マルガスさんが俺を呼ぶ。こういう時って大抵何かを頼まれる事が多い。でも、現状で何かあっただろうか?
「一つ仕事というか、頼まれ事に近いのですが、君にお願いしたいのです」
「構いませんけど、妙な言い方をしますね」
「そうですね。ある所の査察をお願いしたいんです」
「ある所ですか…」
その言い方だと、このクランではなく、ましてやこの前のように他の街にある直営の店というわけでもなさそうだ。
「その所ってどこですか?」
俺が訊くと、マルガスさんが答える。
「宮廷魔導士第一師団です」
なんともとんでもない所に行く事になった。
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