➁

「バアルさんも、同じものを選んだんですね」

「はい、俺もびっくりしました。ウツセミさんはあのケーキをよく食べるんですか?」

「いえ、普段は違うものを頼むんですけど、今日はなんとなくあのケーキを食べたい気分になったんです」

「なるほど」

「バアルさんはどうしてあの料理を?」

「実は、ミツビーの蜜を使った料理が結構好きなんです。なので、一番惹かれてしまって」

「ふふ、良いですよね。あの、甘いけど、しつこくなくて」

「そうなんですよ」


 まさか、こんなところで同士に巡り会えるとは…ウツセミさんからしたら勝手に同士認定されて迷惑な事この上ないだろうが。意外と俺の周りで、あの蜜の素晴らしさを判ってくれる人が少ないから純粋に嬉しくなってしまった。


「お待たせしました」


 などと、話をしているとお待ちかねの料理が到着した。俺とウツセミさんの前に皿に乗った料理が置かれる。店員さんは軽く礼をすると、離れていく。まずは、この小瓶に入っているもの、ミツビーの蜜が入っている。ウツセミさんがどうぞと俺の方に小瓶を差し出してくれるので、有難く受け取り、俺は小瓶の蓋を外す。そこから甘い香り俺の鼻に届く。俺は、皿に乗っているケーキ、これは所謂通常のケーキというよりかは、ホットケーキに近いものだろう。それに適量掛けていく。そして、ウツセミさんに手渡すと、彼女は俺よりも少し控えめに掛ける。そして、俺達は店員さんが一緒に持って来てくれたフォークとナイフを手に取る。


「それでは、いただきましょう」


 ウツセミさんの言葉に俺は頷く。ようやくこの至福の瞬間が訪れようとしていた。俺は、ケーキを一口サイズに切り分けると、それをフォークで刺し、口に運ぶ。


 口に入れた瞬間に判ってしまった、これは最高であると。まず、このケーキがのふわふわ感が堪らない。生地にも砂糖が使われているが、決して甘すぎない、むしろ控え目と言ったところだろう。このケーキ単体ではきっと成立しない、これはこのミツビ―の蜜があって始めて完成する料理だ。


 ミツビ―とは蜂型のモンスターで、主に森の奥に巣を作るのだが、ミツビーは通常の蜂よりも小さく、モンスターにしては、小型の部類だ。だが、このミツビーは自分の巣に危険が及ぶ場合、もしくはその巣の女王に危害が及ぶ時に身体が赤く発光すると、自分自身に火を宿し突っ込んでくるのだ。


 その火は特殊な火で、ミツビーと巣が焼ける事はなく、明確に燃やす相手を選ぶ火である。ある魔導士の研究によると、この火は魔法に近いものであり、もしかしたら、ミツビーはその体内に魔力を宿しているのではないかと言われているが、実際にはまだ解明には至っていない。


 それゆえ、養蜂などとても出来ず、こういった蜜は冒険者が依頼で巣を持ち帰ってきた始めて市場に流通する。普通のハチミツも良いが、俺はこのミツビーの蜜が好きなのだ。


 俺はケーキを食べていると、ウツセミさんがこちらを見ている事に気が付く。


「どうしましたか?」


 俺は気になり、ウツセミさんに訊く。もしかして、口の食べカスか何かが付いていただろうか。俺は思わず、持っていたフォークとナイフを置き、口元を触ってみる。

 すると、ウツセミさんは微笑むと、


「大丈夫ですよ。口元には何もありません。ただ、本当に美味しいそうに食べているので、つい見入ってしまいました」

「…それはそれで、恥ずかしいですね」


 人に食べる姿を見られるというのは、なんだか言葉にして聞くとなんだか恥ずかしさが込み上げてくるな。


「そうですか? 私は良いと思いますよ」


 ウツセミさんはそう言ってくれる。うーん、なんだか今まであまり関わってこなかったタイプの女性だからか、さっきから妙に主導権を握られている気がする。俺は、そんな恥ずかしさを誤魔化す為に、話を切り出す。


「そう言えば、ウツセミさんはオアシスで働いて長いんですか?」


 などと当たり障りのない事を訊く。


「そうですね。かれこれ、一年以上は働いていますね」

「へぇー、それは長いですね」

「気が付けば、長い間お世話になっています。バアルさんは、この前アストレイアさんと一緒に居たという事は、ウーラオリオに所属している冒険者とかですか?」

「いえ、俺はただの職員ですよ」

「そうなんですか? 私を助けてくれた時、モンスターをなんなく倒していたからてっきり…」

「護身術程度ならってレベルですよ」

「それでも、私から見れば充分凄いですよ」


 そう褒めてくれる。なんだか、この人と話をしているとこそばゆい気持ちになるな。ふと、気になった事が出来たので訊いてみる事にした。


「あの時、どうしてあんな所に居たんですか? 店とは真逆の場所でしたよね?」


 あの襲撃の際、彼女を助けた場所は、オアシスとは違う方向だったし、距離もそれなりに離れていた。


「あの日は、ちょうどお休みで、出掛けている途中だったんです」

「なるほど、それは災難でしたね」

「本当に、あの時は怖かったです。そして、私が危ない時に助けていただいて本当に感謝しかありません」


 頭を下げる彼女に俺は慌てる。そんな事をさせる為に話を振ったわけではないのだから。


「止めてください。お礼はもういただきました。それに、こうして美味しいお店も紹介してもらいましたから」

「そう言っていただけて良かったです」


 流石に、何度もお礼を言われるようなそんな大それた事をしたとは思っていない自分からしたら、そんなに感謝されてしまうと、返って萎縮してしまう。


「でも、怖いですよね。また、王都に張ってある結界が切れてしまったら、またモンスターが街に入ってきて、あんな事に…」

「今回のが、少し特殊だっただけですよ。次は、同じような事にはなりませんよ」

「ならいいのですが、早く襲撃した魔導士も捕まって欲しいですね。これでは、夜道を歩くのが怖いですから」

「…そうですね。夜道の女性一人での帰宅は何かと危ないですから、もし、よろしければ、俺の仕事が早く終わった日なんかに送りましょうか?」

「えっ」

「ああ、すいません。流石に無神経が過ぎました。忘れて下さい」

「いえ、いいんですか?」

「ウツセミさんがよろしければ」

「じゃあ、お願いしちゃいますね」

「はい」


 俺はウツセミさんの夜まで仕事がある時に、時間があれば送る約束をした。我ながら、なんとも大胆な事この上ない行動ではあるが、一度気になってしまったからには、しょうがない。

 その後も、他愛のない会話で盛り上がりつつ、頼んだら料理に手を付けて、店を出た。美味しいお店だったけど、きっと一人で来る事はないから、また誰かを誘ってでも来るか。


「美味しかったですね、バアルさん。また良かったら来ましょう」


 誘う相手には困らなそうではあるかも。


「はい」


 俺は頷く。


 ウツセミさんは夜に用事があるとの事なので、俺達はその場で別れた。遠ざかる彼女の背中を見ながら、なんとも実りのある、いい休日だった。

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