第五章 内通者

 ①

 休日に予定のない人は、何をするものなのだろうか。俺は、そんな事を思いながら、休日を迎えていた。こういう休日の日は、スサノやクシナダに稽古をつける日にしたりするのだが、今二人は、ダンジョン探索に出ていて、訓練をする日にはなっていない。


 なので、今日一日自由でなわけだが、何をするか。そこが重要だった。うーん、本を見に行くか、それとも、何か食べに行くのもいい。よし、とりあえず、外に出るか。だが、その前に、普段出来ない部屋の掃除をしてから行くとしよう。俺は、掃除道具を手に取り、掃除を開始するのであった。


 掃除を終わらせ、外行きの服を着こむとは言っても、シャツにズボンと仕事着とほとんど変わらない。さて、とりあえずまだ何も食べていないから、何かを食べに行くか。


 やはり、食べに行くならヒナドリが一番なのだが、今日という休日という事を考えると、新しいお店を探すのもありだ。そんな風に特に当てもなく、ブラブラとしていると、


「あれ、バアルさん?」


 背後から声を掛けられる。


「うん?」


 俺はその声をどこかで聞いた事はあったが、それがどこだったか思い出せず、後ろを振り返り、その人物を確認する。


「ウツセミさん」


 俺に声を掛けてきた人物は、オアシスの店員であり、俺が二度助けた人物だった。桃色の髪を揺らしながら、俺に近づいてくる。淡い青のワンピースを着ており、その服は彼女によく似合っていた。


「お久しぶりです」

「はい、以前オアシスで食べに行った時以来ですね。今日もこれからお仕事ですか?」

「いえ、今日、お店はお休みなんです」


 彼女も休日というわけか。


「そうなんですね。実は僕もそうなんです」


 そう言うと、少し彼女は申し訳なそうな顔をする。


「それは、すいません。せっかくの休日に話掛けてしまって」

「いえいえ、全然構いませんよ。特にこれと言って予定が何も無くてブラブラしていただけだったので」


 これは、本当の事なので、全然話掛けてくれて構わない。むしろ、女性から話掛けられて喜ばない男はこの世にいるだろうか、いやいないだろう。


「なら」


 などと、誰に対して言っているのか判らない事を心の中で思っていると、彼女が切り出す。


「私と一緒にご飯でも食べに行きませんか?」

「ご飯ですか?」

「はい。あの時助けていただいたお礼もしっかりとしていませんから、何かお礼をさせて下さい」

「そんな気にしなくてもいいですよ」

「そうはいきません。私の気が収まりませんから、ここは私の顔を立てると思って」


 どうにも彼女が引く気は毛頭ないみたいだ。なら、ここは甘えるとするか。


「じゃあ、お願いします」

「はい、じゃあ行きましょう」


 そう言って、彼女は歩き始める。俺はその後を付いていく。ちょうど、まだ何も食べていなかったので有難い。


「何か食べたい物とかありますか?」


 先を歩いていた彼女だが、いつの間にか、俺の隣にきて、そう訊いてくる。食べたい物か…、


「パッとは…良ければ、ウツセミさんのよく行くお店とかがあれば、そこに行ってみたいですね」

「私が良く行くお店ですか?」

「はい」

「判りました。では、私がよく行く、とっておきのお店を紹介しますね」

「お願いします」


 彼女の案内の彼女がよくお店に向かう事になった。


「着きましたよ」

「おお…」


 彼女が案内してくれたお店は、普段の俺なら絶対に行かないであろうお店だった。看板やお店の雰囲気から漂うこのオシャレ感。少なくとも窓から店内を見ると、女性客の割合が圧倒的に多い。前に、アストレイアと行ったお店に近い。


 いいのか、男の俺が入ってもと思ったが、中には男性の客の姿も見える。だが、決して一人ではなく、そして、男友達と来ているというわけでもなく、当然恋人同士で来ている。おいおい、俺なら絶対一人ではこんな店には来ない。


「あの、他のお店にしますか?」


 しかし、俺からウツセミさんのよく行くお店になんて話をしてしまった手前、行かないわけにはいかない!


「いえ、むしろ、こういう場所に一人で行く機会なんて無いので、むしろ入ってみたいですね」


 などと強がってしまった。


「良かったです。ここの料理美味しいんですよ」


 そう言って、彼女は店の中に入っていく。くっ、本当に入るのか、俺は

果たして無事にこのお店から出られるのだろうか。


「二名様ご案内です」


 これまた可愛らしいエプロンを着けた従業員の女性に席を案内されたが、本当にこの店はここに居るのが、居たたまれなくなってしまう。いや、もう考えるのは止めよう。


 俺は渡されたメニュー表を開く。そこには、俺さっきの心配を引き飛ばすほどに、美味しいそうな料理が載っていた。


「どれも美味しいそうで、迷ってしまいますね」


 俺の言葉にウツセミさんも頷いて同意してくれる。


「そうなんですよね。私もいつもどれにしようか迷ってしまいます」


 そう言ってウツセミさんは微笑む。俺に気を遣ってくれているのが判る。それは有難い。ならば、ここは甘える事にしよう。


 俺は、メニュー表のメニューを一通り見ると、俺は頼むべきメニューを決めた。ウツセミさんの方を見ると、すでに彼女は決めていたのか、こちらを見て待ってくれていた。そして、その場で軽く手を挙げて、店員さんを呼ぶ。


 な、なんて出来る人なんだ、この人は! と俺が感心していると、呼ばれた店員の人が俺達のテーブルに来た。


「この、ミツビーの蜜ケーキでお願いします」


 ウツセミさんはメニュー表を指差しながら、注文する。


「それを二つでお願いします」


 俺が、ウツセミさんの後に言う。「かしこまりました」店員さんはそう言うとメニュー表を下げ、離れていく。


 しかし、まさか、ウツセミさんが俺と同じものを頼むとは思わなかった。

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