幕間

PV10万記念SS お揃いの買い物

 店のドアを開け、中へと入ると、カランコロンと店内に来客を報せる呼び鈴が鳴る。すると、すぐにこの店の店主がカウンターの奥から姿を現した。


「おや、いらっしゃい」

「ロープスさん、こんにちは」

「ご無沙汰しています」


 スサノとクシナダが揃って頭を下げる。


「うん、元気そうだね。今日、三人が揃ってここに来たという事は……」

「はい! アレを受け取りにきました!」


 スサノが興奮した様子だ。そんな、スサノを見て、クシナダはどこか呆れているように見ているが、クシナダ本人もソワソワしているのを隠し切れていない。余程、楽しみなんだな。


「今、用意するからちょっと待ってて」


 そう言うなり、店主はまたカウンターの奥へと姿を消した。


「やっとだね、クシナダ!」

「そうよ、スサノ、ようやくよ!」


 二人揃って大はしゃぎだ。店内に私たちの他に客が居なくて良かった。こんな所を誰かに見られたらと思うと、少し気まずさを覚えてしまう。


「二人とも少し落ち着け」

「でも、イチヒメさん、ようやくなんですよ!」


 いつもは冷静なクシナダがここまで興奮しているには珍しい。クシナダだけでなく、スサノもだ。今だけは、この二人が年相応に見える。


「冒険者になって、どれだけ持っている人が羨ましかったか……」

「そうだよね、クシナダ。魔法の鞄マジックバッグは、冒険者の憧れで、僕たちの目標の一つだったからね」

「まあ、それは判らなくもない」


 実際、冒険者にとってこの魔法の鞄マジックバッグは、必需品と言っていいほどだ。道具の収納、依頼の素材、ダンジョン内の採取した物などを保管する事が出来て、便利だからだ。


 手に持つ荷物が少なければ少ないほど、良いに越した事はない。この魔道具を手に入れる事は、冒険者として駆け出しから抜け出したなんて、風潮もどこかある。


 私も昔は、仲間と一緒に買いに来た時は緊張していたか……あの時の、私も今のこいつらのような感じだったのだろうか?


「お待たせ」


 店主が、木箱を抱えて戻って来る。すると、スサノとクシナダは、エサを与えられた子犬のように一目散に駆けていく。おかしい、尻尾がこれでもか左右に揺られているのが、見える。目をこすると、その尻尾はない。良かった、幻覚だ。


「こ、これが……」

「私たちの魔法の鞄マジックバッグ


 木箱の蓋を取ると、中には二つの魔法のマジックバッグが入っていた。モウというモンスターの皮で造られている物だ。モウは、牛に似たモンスターで、その皮は丈夫で、加工しやすいので、素材として言い値で取引されている。


 なので、モウの皮で造られた物は結構あり、かつ結構流通しているので、値段としてもそんなに高いわけではない。


 ちなみに、私とお揃いである。


「確認して貰えるかい?」


 二人は手に取ると、それを確認していく。頼んだ魔法のマジックバッグは腰に捲くタイプの物で、これなら動きを制限される事がない。冒険者が好んで使うタイプだ。 容量もそれなりに確保されているタイプなので、最初の購入としては無難な物だろう。


「はい。問題ありません」

「大丈夫です」

 

 手に取って確認した二人に、店主が嬉しそうに微笑む。


「それじゃあ、このまま持って帰るかい? それとも、木箱に入れる?」

「このまま着けて帰ります」


 クシナダの言葉に、スサノも首を縦に振る。


「お買い上げありがとうございました」


 店を出た私たちは、この後三人で食事をする約束しているので、その店へと向かって歩いていた。前を歩く二人の背中を見て、どうしても言わなければいけない事があった。


 ちょうど、人も少ない、言うならここだ。


「スサノ、クシナダ」


 その背中に二人の名前を呼ぶ。二人は、揃って振り返る。


「どうしました?」

「二人に言っておきたい事がある」

「なんですか?」


 緊張しているのか私は、少しだけ体が強張る。だけど、しっかり言葉にしなければ。


「二人とも、すまなかった」


 私は、頭を深く下げる。


「えっ、ど、どうしたんですか⁉」


 スサノが慌てながら、私に駆け寄って来る


「初めて会った時、お前たちに対してのあの態度は無かった。それをずっと謝りたかった」

「別に私たちは気にしていませんよ」

「私が気にするんだ」


 この謝罪は、私の為だ。言葉にして、しっかりとしなければ、私はこの先、この二人とパーティを組む資格はない。だから、これは、けじめだ。


 私の言葉と態度に、クシナダは、


「判りました。その言葉を受け入れます。スサノもいいよね」

「うん」

「ありがとう」


 頭を上げると、クシナダはパンッと両手を叩く。


「それじゃあ、行きましょう」

「待ってくれ」

 そう言って歩き出そうとするのを、私はまた止める。今の謝罪とは別に、もう一つ訊きたい事があった。


「あんな態度を取った私と、どうしてパーティを組みたいと思ったんだ?」


 あんな突き放され方をされれば、組みたくないとおもうはずだ。それなのに、この二人は、私と一緒に依頼に出て、こうしてパーティを組んでくれた。その事は、疑問だった。


「あの男に言われたから、か?」


 あのいけ好かない男の事を二人は、とても慕っている。だから、なのだろうか。


「違いますよ」

「違います」


 クシナダとスサノがその言葉を否定する。


「確かに、きっかけはバアルさんです。でも、僕たちがイチヒメさんと組みたいと思ったのは、僕たちの意思です」

「どうして……」


 再度、問いかける私にクシナダが答えてくれる。


「実は、私たちウーラオリオに所属する前に、他の上のランクの人と冒険者の人と臨時じゃなくて正式にパーティを組もうと思って、声を掛けていた事があるんです。でも、その人たちには、馬鹿にされて、笑われて、相手にもされませんでした」


 そいつらは、アホだ。


「だけど、イチヒメさんは、突き放すような事を言ってはいましたけど、それって、私たちの事を思ってですよね」

「だ、だが、こう言ってはあれだが、結構冷たくしたつもりだが」

「そうなんですか? 僕はそう思いませんでしたけど」


 スサノがこっちの心配など、吹き飛ばすような純粋な顔で見て来る。


「私もスサノと同意見です。イチヒメさんから温かみを感じたんです。だから、この人なら、この人と組みたいって思ったです」

「そ、そうか」


 クシナダのまっすぐな瞳にどこか照れを感じて、視線を逸らしてしまう。なんだ、これは。


「改めて、よろしくお願いしますね」

「よろしくお願いします」


 その言葉を今度は目を逸らさずに受け止める。


「ああ、よろしく頼む」


 それだけ言うと、私は二人を追い抜き、早足で歩いて行く。


「ああ! 今、笑いましたか⁉」

「笑っていない」

「嘘です。私も見ましたよ!」

「うるさい!」


 自分でも判っている。今の私は頬が緩んでいる。こんな顔を二人に見せるわけにはいかない。


 私に追い付こうとする二人の気配を感じながら、私は心の底から思った。この二人に逢えて良かった、と。

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