⑭完

 その後の顛末を語るとしよう。あの後、すぐに騎士団の連中が来て、状況説明を求めてきたので、俺はこうなった経緯を簡単に説明し、足元を凍らされて、ギャアギャア騒いでいる三人と氷漬けにされたゴールゴンを捕縛した。ちなみに、氷はアストレイアが溶かしている。あの氷は、使用者の任意でどうとでも出来るみたいだ、魔剣って本当に凄いな。


 事情を話し終わると、俺はすぐに、病院へと連れて行ってもらった。それはもうすぐに。けして、アストレイアの圧から逃げる為ではない。俺は両手に軽い火傷を負っただけだったので、治癒魔法で治療してもらい、入院する事なくお帰りいただいて大丈夫ですよと言われてしまった。


 そういえば、あの女性授業員も軽い怪我だったらしく、そっちは一日入院して様子見する事になった。俺との差があるのはなぜだろう。


 そして、日が明けた今日、俺はあんな目に遭った翌日には変わらずクランに仕事をしに来ていた。あれ、ウチのクランって優良クランではなかったけ?


 職場に来て、最初に言われたのは、クランマスターが俺の事を呼んでいるとの事だ。ああ、絶対昨日の事を報告しろよって事だよな。


 俺は、もうそれは行きたくないオーラを出しながら、クランマスターの部屋へと向かい、ウーラオリオのクランマスタ―、プルーティアに事情を説明した。


「なるほど、事情は騎士団の方から聞いてはいたが、改めてお前の口からも聞いておきたくてな」


 目の前の女性、プルーティアは俺の報告を聞いて頷く。赤というよりは、茶に近い色の髪を後ろに一纏めにして、右目だけ片眼鏡をしており、そのレンズ越しにすべてを見透かされている気持ちになる。ウーラオリオのマスターにして、この国に現在いる五人のS級冒険者の一人。『天災ラグナロク』の通り名を持つ。


「随分と派手に壊したものだ」

「いや、それ、俺じゃないですから! やったのは、相手の方です!」


 俺は必死に自分の無実を証明した。だって、襲われたのは本当ですし、俺は自分の身を守るために仕方なくですね。


「安心しろ。その点については、捕らえた連中が全部吐いている。よって、店の修繕費も一旦は国が保証して、その後は、捕らえた連中に賠償命令が下される」

「そうなら、そうと先に言ってくださいよ! 変に焦ったじゃないですか。でも、ダリアはウーラオリオの職員ですよね。こっちに飛び火とかは」

「元職員だ」

「へっ?」

「ダリアという職員は本日付けで解雇だ。よってわれのクランには何の関係もない。それに、訴えもおそらく、三人個人のものになる。どのみち、我らのクランが何かしらの責を負うことはない」

「そうですか。一応まだ判らない事もあるんで、騎士団から聞いたって話を俺も聞いていいですか?」

「お前は、当事者だ、いいだろう」


 プルーティアが騎士団から聞いた話はこうだ。ダリアは三ヶ月ほど前に、レプリカットの店主、その時にはミノカタルの店主だったタトゥーの男と再開したらしい。ダリアは最初この男に詰め寄ったらしい。なにせ、その男のせいで、ダリアは仕事の配置換えにあったのだから。しかし、男は言葉巧みに、ダリアに取り入り、儲け話を提案してきたそうだ。


 それは、違法に取得した武器や防具、魔道具を裏でやり取りをするというものだった。最初こそ、渋っていたダリアだったが、交渉の主な部分をタトゥーの男がして、ダリア自身は簡単な仕事で大金が貰えたので、段々と積極的に加担していったそうだ。そして、驚くべき事にダリアは、ウチのクランで保管している武器や防具を持ち出し、それも裏に流していた。


「今、急いで確認してもらっているが、リストにある本数と実際の本数が合わないと連絡があった」

「あいつは、管理する立場にあったから、在庫数の改ざんも簡単だったわけだ」

「ああ。そして、改ざんする数も少なく、気づかれにくいというわけだ。本人いわく、仕事の配置換えについての憂さ晴らしもあったとの事だ」


 クランの備品にまで手を付けていたとは、怒りのぶつける方向が違うと思うが。


「じゃあ、あの領収書は…」

「ああ、まさにあの日取引が行われた。そして、その領収書をお前達に提出したわけだ」

「でも、今までみたいに、一万以下ならまだしも、今回は桁が違いすぎます。そんなものを出せば、怪しまれる。なんで、やつはあれを提出したんですか?」


 それが、判らない事の一つだ。その事は話すと、プルーティアは笑いながら答える。


「覚えているか? われが国の重鎮と仕事の付き合いで食事をした領収書を経費として出した事を」

「ええ」

「その事を、エイガストが、武器を支給してもらうべく、やつに頼んだ時に話したらしい。それで、ダリアは自分のもいけるのではと思ったらしい」

「じゃあ、エイガストが話をしなければ」

「やつが、あの領収書を出す事はなかっただろう」


 今回ばかりはあのバカに感謝しなくてはいけないみたいだ。もし、あの領収書を出して、俺達が疑わなければ、今回の件が表に出る事はなかっただろう。いずれ明るみになったとしても、やつらは他所に逃げていただろう。


 今度会った時は、ほんの少しだけ優しくしてやろう。


「あの魔剣は、一どこから手に入れたんですか?」


 最後が、それだった。あの魔剣はどういった経緯でタトゥーの男に渡ったのか。


「それについては、完全黙秘だ」

「という事は、裏の住人ですか」

「ああ。言わないのではなく、言えない。言ったら最後、自分の命が無いからな」

「取引相手の正体は?」

「あれは、ただのボンボンだ。魔剣やその他珍しい物を蒐集しゅうしゅうする変態だ。そして、アストレイアがボコボコにした男は、ギルドの古い名簿に名前があった。元B級冒険者で腕が立ったらしいが、問題行動が多いとのことで、ギルドから追放処分を受けていた」


 あの男は、やはり冒険者だったのか。


「じゃあ、そっちからは特に情報は得られそうに無いですね」

「ああ。騎士団は追及するだろうが、これ以上の発展は望めないだろう」


 となると、俺の仕事もここまでか。


「お前のおかげで、ダリアの不正が明るみになった。ご苦労」

「はあ、じゃあ俺は仕事に戻ります」


 部屋を出て行こうとすると、プルーティアが俺の背に声を掛ける。


「冒険者に戻るつもりはないのか?」


 その言葉に俺は振り返る。この人は俺の過去を知る数少ない人物の一人だ。


「俺はもう引退した身です。それに、ここに入る時に言いましたよね、俺は職員としてここに入ったんです。冒険者ならこのクランにはあなたを含め、他にも優秀な冒険者がいっぱいいるでしょ。今回はああいった展開になりましたが、俺の出る幕は普通ならありませんよ。俺は普通に仕事をしたいんです」

「だが、アストレイアはお前に興味を持っている。アークのパーティーの一員だった、S級冒険者のお前を」

「元が抜けてますよ。もう前線から退いて長いですから、あの時ほどの実力はありません。おかげでしなくてもいい怪我しちゃいましたし。でも、それは厄介ですね。どうにかなりませんか?」

「無理だ。自分でなんとかするんだな」

「突き放すの、早くないです?」

「今回は自分で蒔いた種だ、自分でなんとかしろ」


 プルーティアは俺を助けてはくれないらしい。面倒事がまた増えたな。俺は今度こそ、部屋を出た。


そして、会計部署に戻った俺を待ち受けていたのは、スバルによる質問攻めだった。


「先輩、聞きましたよ! 危ないところをアストレイアさんに助けてもらったそうじゃないですか! どうでした、アストレイアさんはカッコ良かったですか!」

「あ、ああ。カッコ良かったよ」

「ああ、こんな事なら私も付いていくんだった!」


 どうやら、事の詳細はこいつには伝わっていないみたいだ。その代わり、こいつの中のアストレイアの株が上昇中だ。


「バアル君、お疲れ様。大した怪我が無くて良かった」

「マルガスさん、ありがとうございます。なんとか、なりました」

「君のおかげで万事解決です。今度は、仕事抜きでオアシスに食べに行きましょう」

「本当ですか!」

「おい、スバル。マルガスさんは俺を今回の功労者である、俺を誘ったんだぞ」

「ええー、それはズルいと思います!」

「お前は、今回何もしていないだろうが!」

「まあまあ、会計部みんなで行きましょう」

「流石、マルガスさん!」

「甘すぎませんか、スバルに」


 こうして、俺はいつもの通りに仕事に戻る。あっ、そういえば、


「マルガスさん、これ経費で落ちますよね」


 俺は懐から、一枚の紙を取り出して、マルガスさんに渡した。マルガスさんは、それを見て頷く。


 飲食代300ゼン、それが今回俺がこの調査に掛かった費用だ。

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