⑬

「!」


 おそらく、切った感触がなくて、驚いているのであろう事が、その反応で判った。


「暴れすぎだろ。そんな考えなしに破壊したら、店の人が、騎士団に通報するぞ」

 

 俺は、ワイバーンの骨付き肉を片手に、ゴールゴンに忠告する。うん、表面は少し埃が付いたから、テーブルにあったナイフで削って、中の綺麗な部分を食べる、なんてジューシーなんだ、これ!

 

 いつの間にか。部屋の中に移動していた、俺に、ゴールゴン以外の三人が驚愕している。

 タトゥーの男が急いで、自分の足元にある鞄を回収して抱きかかえる。やっぱり、それは相当重要な物なのは間違いないな。


「お前はなんだ?」


 ゴールゴンが殺気の籠った目で俺に問い掛ける。


「別に、ただの会計係ですけど」

「ふざけるな!」


 やつの身命が膨れ上がり、俺にまた剣が振り下ろされる。さっきよりも、更に重い一撃だな、これは。俺は、持っていたナイフでその一撃を受け止める。とんでもない衝撃が広がり、部屋の壁に亀裂が入る。

 俺は、一旦受けた剣を思いっきりはじき返す。キーンと金属同士が激しくぶつかり合う音が響く。弾かれたゴールゴンは殺気の籠っていた目から、驚愕の視線に変わり、俺を見る。そんな見つめられても、なんにも嬉しくないのだが。


「…なんだ、お前は?」

「だから、会計係だって」

「くそが!」


 ゴールゴンが、俺に向かって縦横無尽に斬撃を放ってくるが、俺はそれをナイフ一つで、受けたり、あるいは流したりする。その都度、部屋に衝撃が走る。その衝撃から逃げるように、ダリア達は隣の部屋へと逃げている。


「ほいっと!」


 俺は、剣を上に弾くと、やつの身体がグラつき、胴体が無防備になる。俺はその胴体に渾身の蹴りを放ち、隣の部屋まで蹴り飛ばす。


「ゴールゴンだっけ、なんでお前こんな事してるの? 実力的に冒険者のB級上位、下手すればA級に近い力があるのに」


 少なくともエイガストよりは遥かに強いし、潜っている修羅場も剣を受けて相当だというのは判る。だからこそ、判らない。

 蹴り飛ばされたゴールゴンは、体を起こしながら、俺の問いに答える。


「儲かるからに決まっているだろ。ただ冒険者として、依頼を達成するよりも、この仕事は美味しいからな」

「そうかい、判りやすくていいな。でっ、どうする。このままだと用心棒的な仕事なんだろうけど、仕事は達成できない上に、騎士団が来て、お前ら揃って牢屋行きだけど」

「……お前のその口を塞げばいいだけだ」


 なんとも強気は発言をすることで。ゴールゴンは、剣を捨てる。うん? 剣を捨てる? 何もするのか見ていると、やつはタトゥーの男が持っていた鞄を取り上げると、中から一振りの剣を取り出す。


 おい、待て、それって。


「こいつで燃やし尽くしな!」


 剣を抜くと、刀身が光を放ったと思うと、それは炎と変わる。間違いない、あれは。ロープスさんの店で見た魔剣。消えた魔剣はこいつらが持っていたのかよ!


 魔剣の炎を、ロープスさんが持った時とは比べようもないほど、大きい。それだけ、ゴールゴンの身命がロープスさんよりも大きい事を示し、そして、俺の口を本気で塞ぎに

来ているという事だ。


「おらっ!」


 炎を纏った刀身が振り下ろされる。それを、フォークで受け止めるが、フォークがその熱に耐えきれずに溶け出す。


「くっ」


 俺は、間一髪で剣を受け流すと、入口の方に飛ぶ。剣は床を割り、そこから炎が広がる。手に持ったフォークは刃の部分が溶けてフォークは無くなった。厄介な事になってきた。


「今度は逃がさん」


 ゴールゴンは俺に剣先を向ける。炎が建物に広がっている。このまま、室内で戦うにはちょっとまずいか。


「きゃああああ!」


 そんな事を考えている俺の後ろから、女の子の悲鳴が聞こえる。後ろを振り返ると、制服を着た女の子が腰を抜かしていた。きっと、この騒ぎを聞きつけて、ここに来たのだろうけど、なんてタイミングの悪い。


「あんた、早く…」


 離れろと言う前に、目の前に、炎の剣が迫っていた。くっ、避けたら間違いなく炎や衝撃が後ろのこの子に当たる。最悪、怪我では済まない可能性が高い。咄嗟に身命で更に身体能力を上げる。俺は、振り下ろされる刃を白刃取りする。


「は、はやく、にげろ」


 女の子に言うが、彼女は泣きながら、そこを離れようとしない。立ち上がれないのか。くっ、炎が俺の手を焦がし始める。まずい、ただの炎ならまだしも、この魔剣の炎は魔法だ、例え従来の炎魔法に威力は劣るといっても、その威力は凄まじい。これを造ったやつは腕がいいな。おかげで俺の腕がこのままでは炭になっちまう。


「終わりだ!」


 ゴールゴンの力が強まり、それに呼応するように炎の威力も上がる。ほんとうに、この状況はますい。なにか打開策を講じないと、どっちも助からない。


 焦り始める俺に、歪んだ笑みを浮かべているゴールゴンが映る。こいつの脳内には、俺が切られて燃えている未来でも見えているのだろう。どうする、どうする! 俺一人ならどうにでもなるが…。


 そう思った瞬間、俺が見ている景色が変わった。さっきまですべてを燃やしていた炎がすべて凍っていた。そして、目の前にいたゴールゴンがいなくなっていた。正しく言えば、やつは後方の壁に叩きつけられていた。


 俺の目の前に居る女性、アストレイアによって。


「お前、どうして?」

「まったく、何をしているんですか、あなたは」


 マヌケな声で問いをする俺に、アストレイアはいつもの調子で返す。昨日と同様に、私服を着ている彼女は、今日も休日だったのだろうが、だが昨日とは違い、彼女の手には一振りの剣が握られている。


「所用で出掛けていていたのですが。大きな音が聞こえたので来てみれば、どういう状況ですか、これは?」

「いや、それは…」


 言いかけて、俺とアストレイアは前方に注意を払う。


「まさか、こんなところであの『氷星ステラ』に会えるとはな」


 ゴールゴンは瓦礫をどかしながら、立ち上がる。氷姫とはアストレイアの二つ名、通り名だ。有名な冒険者にはこういった名称が付く。


「とりあえず、あの男を捕まえればいいですか?」

「あ、ああ」


 アストレイアは確認をすると、剣を構える。


「やってみろ!」


 ゴールゴンが剣を振るうと、刀身に纏っていた炎が、アストレイアに向かって飛んでくる。あの、魔剣そんな事も出来るのか! だが、アストレイアには……。

 アストレイアはそんな炎に動じることなく、迫りくる炎に向け剣を振り下ろす。すると、炎が一瞬の間に凍り付き、割れる。


 これこそが、氷星ステラと言われる所以だ。ゴールゴンが炎の魔剣を使っているのなら、アストレイアの持つあの刀身が蒼い片手剣もまた魔剣だ。

 

 これが氷の魔剣『凍てつく世界スカジ

 

 しかも、この魔剣は人工魔剣ではなく、神生魔剣だ。火と氷では相性は火に軍配が上がるが、魔法としての質が最早違う。相性など関係ない。これは、本物の魔法だ。


 ゴールゴンも一瞬の出来事に驚きを隠しきれていない。


「ふざけるな!」


 魔剣の能力では部が悪いと思ったのか、ゴールゴンは接近戦を挑んでくる。しかし、その剣戟をアストレイアはすべて捌く。ゴールゴンのあの力をあんな細腕でいなしている。アストレイアの強さは魔剣の力だけではなく、純粋な剣技、身命の質も高い。

 力でも押し負けるゴールゴンの顔に焦りが見える。むしろ、攻める側と受ける側が入れ替わり始める。いつの間にか、アストレイアの剣戟がゴールゴンに襲いかかっていた。


「終わりですね」


 彼女は、ゴールゴンの剣を弾き飛ばす


「ひっ!」


 弾かれた剣は、隣室にいたダリアの足元に刺さる。剣が無くなったゴールゴンの身体にそっと、アストレイアは剣の刀身を当てる。


 刹那、氷像が一つ出来上がった。


「流石、ウーラオリオのエース様だな」


 すべてが終わった事を察した俺は、腰を下ろすと、後ろを振り返る。店員の彼女はいつの間にか気を失っていたらしく、倒れている。怪我とかはなさそうだし、大丈夫だろう。


 隣室にいた三人も、アストレイアが足を床ごと凍らせて動けない様にしており、三人の叫び声が聞こえる。


「では、どういう事か聞きましょうか」


 アストレイアは剣を鞘に収め、俺を見下ろしながら訊く。結構激しい戦闘の後だというのに、まだ余裕がある。本当に大したやつだ。


「多分、もう少ししたら、騎士団が来ると思うから、その時に説明するわ」


 外の方も随分と騒がしいから、誰かが騎士団を呼んでいるはずだ。


「判りました。絶対に聞かせてもらいます、いろいろと」


 いろいろとの部分がやけに強調されたのは、聞かなかった事にしよう。まさか、経費の調査をしていたら、消えた魔剣にたどり着くとは、こんな結末になるとは、予想外もいいところだ。


 俺は破壊され尽くした、部屋を見ながら言う。


「なあ、アストレイア」

「なんでしょう?」

「この建物の修理代って、うちのクランから払う事になったりしないよな?」

「………」


 頼む、黙らないでくれ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る