⑫
中から、話し声が聞こえてくる。居るのは、男が二人か?
「…から、話したのか、オレたちの事を」
「し、しょうがなかったんだ」
「おかげで、変なやつが店に来たらしい」
「だ、だけど、なにかヤバい物が見つかったとかじゃないだろ」
「当たり前だ。そんなヘマするわけがないだろ」
「な、なら、疑われても、まだ何もできない」
「疑われている時点で、もう面倒くさい事になっているんだろうが!」
俺の耳が壊れてしまうのでは、と思うほど大きな何かを叩く音がする。ちょっと、びっくりするでしょうが!
おそらく、会話をしているこの二人、叩いた方がタトゥーの男で、もう一方の責められている男が、俺が尾行していた男、ダリアか。まだ、断片的な会話でしかないが、やはり仕事の話をしているというわけではなさそうだ。それどころか、何やら不穏な会話をしている。
「これで、ギルドの連中や騎士団どもが来てみろ。今度こそ俺もお前も揃って牢屋行きだ。判ってんだろう」
「あ、ああ」
「とりあえず、今日の取引が終わったら、この街から消えるぞ」
「わ、判った」
どうやら、今日何かの取引が行われるのか。そこまでは予想していなかったな。今ここで、部屋の中に入るという事もありだが、せっかくならその取引現場をしっかりと押さえたいな。今まで集めた情報と会話から間違いなく、違法な取引だろうし。
俺は、扉に付けた魔道具を外すと、隣の扉に付ける。中からは物音ひとつしない。この部屋は空室なのを確認すると、扉を開け、中に入る。
この後取引相手が来るなら、扉の前に居るわけにもいかない。運よく隣の部屋が空いていて良かった。二人がいる部屋の方の壁に、魔道具を付け直すと、俺はその取引相手が来るのを待つことにした。
しばらく待っていると、隣の部屋の扉が開く音が聞こえる、どうやら、例の取引相手が来たらしい。俺は、耳に着けている魔道具に意識を集中する。
「お待たせしてしまって申し訳ない」
「いえいえ、私どもも先程来たばかりですので」
なんだ、その恋人同士の待ち合わせのようなやり取りは! もっと、違法取引っぽいやり取りしろよ。
「では、さっそく…」
「その前に、せっかくこんな店に居るのだ。何か注文しようではないか」
「しかし…」
「素晴らしい料理を堪能してからでも遅くはないだろう」
「…判りました」
タトゥーの男としては、早く終わらせて逃亡の準備をしたいのだろうが、その相手がここの料理を楽しみたいらしい。結果、折れる形になった。俺も頼みたいんですけど!
鈴のなる音が聞こえると、扉が開き、俺を案内してくれた店員の人とは別の人の声がして、注文を取っている。ああ、俺が食べたいと思っていた物ばかりを頼みやがって。
店員は注文を取り終わると、部屋を出て行く。
「お二人はここに来た事はあるのですか?」
「え、ええ、先日」
「あまりの、美味しさに料理を食べる手が止まりませんでしたよ」
それが、あの領収書ってわけですか。滅茶苦茶食いやがって、絶対経費で落ちないから、覚悟しとけや。ほどなく、料理が運ばれてくる。
「では、いただくとしようか」
そして、食事会が始まる。俺にとっては羨ましい事この上ない。
「ワイバーンの肉は、調理するのは難しいと聞くが、それをこんな美味に仕上げるとは、やはりここの料理人はいい腕だ」
おい、それ俺も食いたいと思ってたやつ!
「このガイチョウの卵料理も、ふわふわでいいですね」
あ、それも!
「こ、この、アカシカのスープも濃厚で、美味しいです」
も、もう我慢できないですけど! こいつら、さっき俺が食べたいと思ったものばっかり注文しやがって、わざとか、わざとなのか!
「どうした? お前も食べろ」
取引相手の男が、そう声を掛ける。うん? もう一人いたのか。全然喋り声も聞こえないし、気配もしなかったから、てっきり一人だけかと思ったのだが……気配が無かった気配が無かった?
「……隣の部屋に客はいるのか?」
「いや、このエリアは予約者の部屋だが、確認したら隣に今日、客はいないはずですが」
「そうか」
最後の一人が、料理に舌鼓を打って声を弾ませている三人と違い、低い声で俺が居
る部屋が空室どうかを確認している。その瞬間、空気が変わるのが判った、まずい!
俺は、急いで、身を屈める。その刹那、衝撃が俺の頭上を通過した。破壊された、壁の破片が俺の身体に降り注ぐ。
「ゴールゴン、いったい、何をしている!」
「この部屋は盗み聞きされているぞ。そうだろ」
嘘だろ、バレてたのかよ。瓦礫をどかしながら、立ち上がる。破壊された壁越しに隣の部屋のやつらとご対面する事になった。
「お、お前」
ダリアが震えながら俺を指差す。
「おい、ダリア。こいつがさっき言っていたやつか」
ダリアが首を縦に振る。そこで、初めて俺は部屋の中を確認することが出来た。目の前にダリアとタトゥーの男、その奥に、なにやら恰幅の良い男にその三人とは違い、明らかにこの場には合わない黒のマントを羽織っている大男がいた。その男の手には、両手剣が握られている。なるほど、通りで気配がないわけだ。こいつ、消してやがったのか。
この壁を横に薙ぎ払ったのは、ゴールゴンとか呼ばれていたあの男か。
「お、おい、どういう事だ!」
恰幅の良い男が俺の存在を認識して、騒ぎ立てる。
「どうやら、招いていないネズミが紛れ込んでいたみたいで」
「取引はどうなる!」
どうやら、その取引のブツは、タトゥーの男の足元にある、大きな鞄の中の物か。とりあえず、あれを奪えれば、確固たる証拠ってやつになるか。
「問題ない」
いつの間にか、大男は俺の目の前に来ていた、あっ。
「ここで消せば」
ゴールゴンは、そのまま剣を振俺に向かって下ろしてきた。凄まじい音が響き、壁も床も破壊される。
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