⑪

「なるほど」


 自分の職場に戻った俺は、今まで知り得た情報をマルガスさんに報告していた。もう、就業時間は終わっているので、スバルはいない。残っているのは、俺の報告を待っていたマルガスさんだけだった。しかし、この人は俺が直帰するかもとは思わなかったのか。信頼されているな、俺。


「レプリカットが疑わしいのは判りました。ですが、その店がしっかりと武器屋として登録されている以上、ダリアとレプリカットが仕事以外での目的で会っていたとは、否定する事は出来ません」

「なら、仕事ではない証拠を掴むしかありませんね」

「掴めますか?」

「おそらく、俺がその店に行った事は、レプリカットの本当の店主に話がいっているはずです。そうなると、なにかしらの動きがあるはずです」

「そこでボロが出ると」

「まだ、不確定な事ですけど」


 俺の考えを聞いて、マルガスさんはしばらく考えているのか、熟考するときの彼の、目を閉じて両手を合わせている。

 彼の中で考えがまとまったのだろう、手を離し、閉じていたまぶたが上がる。


「判りました。調査を指示したのは私です。君の考えで動いてくれて構いません」

「ありがとうございます」

「ただ、一つだけ」

「なんでしょう」

「あまりやり過ぎないように」

「はい」


 そんな無茶はしませんよ。あっ、そうだ、確認したい事があった。


「マルガスさん、一つ確認なんですけど」

「はい」

「この調査に掛かる金って、経費で落ちますか?」


 俺の言葉にマルガスさんは一瞬虚を突かれたのか、目を見開くが、すぐにその表情はいつもの柔らかさになり、そのまま頷く。よっしゃ!


「では、手始めにどうするつもりか聞きましょう」


 俺は、マルガスさんにこれから俺が行う事を話し始める。日が落ち始め、夜になろうとしていた。


 俺は、マルガスさんとの話合いが終わると、クランから出ると、ある集合住宅地の前に来ていた。目的の人物は、仕事が終わり帰宅している事は確認している。後は、その人物が今日行動を起こすかどうかだけれども、どうだろう。


 張り込むに最適な場所を探していると、ちょうどこの建物の目と鼻のさきに、喫茶店があったので、俺はその店に入り、適当な飲み物を注文する、ちなみにだが、しっかりと領収書を貰った、そして、窓際の建物が良く見せる席に座る。


 さて、今日その人物が動くとは限らない。だが、きっと近い内に……と飲み物を飲んでいると、見張っていた建物から目的の人物が出てくるのが見えた。


 おいおい早いな。俺は、急いで飲み物を飲むと、外に出て、その人物の後を気付かれない距離で後を追い始める。目の前の人物は明らかに、急いでいる上に、周りを気にしながらなので、言ってしまえば挙動不審な事この上ない。


 その人物は、まあある程度予想はしていたが、ある店の前まで来ると、その入口に掛かっている暖簾を潜り、中へと消えていく。


 その建物を改めて見る、建物の装飾が煌びやかで、所々に金が使われていて、灯篭に明かりに反射して、夜とは思えないほど、明るい。こんなところ、俺が今の職場で働き始めてから来た事ないぞ。


 俺は、後を追うように、暖簾を潜り中に入る。オアシスに。


「本日はよくお越しくださいました」


 中に入ると、ギルドなどと同じように、受付のテーブルがあり、そこには従業員だと思われる女性が立っていた。ピシッとした黒を基調としたスーツにも似た制服は使われている生地も高級品なのが一目で判る。少し見惚れていると、受付の女性が、首を傾げている。いかん、いかん。ここに来た目的

を忘れるな。


「予約とか特にしていないのですが。大丈夫ですか?」


 こういった高級店は店によっては、予約制の場合がある。ここで入れなかったら別の手段を用意するしかないのだが…そう考えていると、受付の女性が戻ってきた。


「今日は空きがございますので、予約が無くても大丈夫ですよ。お一人様ですか?」

「はい」

「では、ご案内します」

「お願いします」


 授業員の女性は、入口から見て左側の廊下を歩き始め、俺を彼女に付いていく。廊下の両側には扉があり、この扉を開けると、そこが食事をする部屋になっているのだろう。そう、個室なのだ。


 ヒナドリのような、仕切りがなく、一つの広い部屋で大勢が食事をするのではなく、部屋ごとに区切られ、個室で料理を楽しむ事が出来る、しかも、一流の料理人の料理を!

 少し歩くと、女性は止まり、襖を開ける。


「では、こちらの部屋になります」


 部屋の中に入って、感動する。中央に正方形のテーブルがあり、片方に二脚、その対面に二脚、四人掛けで、正面の壁には大きい額縁に入った絵が飾られていた。あっ、あれ絶対高いやつだ。そのまま、入って左側の席に座る。


「メニューはこちらになります。お決まりになりました、テーブルにあるその鈴を鳴らしていただければ、私どもが伺います」

「判りました」


 店員はそのまま、一礼すると、部屋の扉を閉め、外に出て行く。さてと、じゃあ、何を頼もうかな。おっ、この、ワイバーンの骨付き肉とかガイチョウの卵料理、アカシカのスープとか、どれも高級食材ばっかりじゃねえか。へっ、5万ゼン! こっちは、6万ゼンだと! おいおい俺のここの調理食べたら、いったい俺の食費何ヵ月分のになるんだよ!


 はっ! 違う違う、こんなことをしている場合じゃない。本来の仕事を忘れるところだった。でも、こんなところに食べに来るなんて、そうそうないし、料理の一つや二つ頼んでも……誘惑に負けそうになる。


 しかし、なんとかギリギリのところで耐えた俺は、泣く泣く、本当に泣く泣く、俺は部屋を出て行く。さてと、やつはどの部屋にいるのか、まずはそこからか。


 ここは個室になっているから、密談をするならもってこいの場所だ。さて、どうするか。

そこの曲がり角を曲がると、ひょっこり目的の人物と出くわすなんて奇跡あるわけが、俺は曲がり角から顔を出して、角の先を確認する。


「えっ」


 俺は思わず出していた、顔を引っ込めた。奇跡あったな。


 俺はもう一度今度はゆっくりと慎重に顔を出す。そこには、後ろ姿だが、男が一人歩いていた。そして、その男のうなじには、瞳のタトゥーが見えた。


 俺が後を付けた人物とは違うが、まさか本命と出会えるとは。


 俺は、その男の後を付いていく。そのまま、付いていくと、男は廊下の一番奥の一室に入っていく。どうやら、あそこが今日の密談の場所のようだ。扉が閉まるのを確認すると、俺はその部屋の扉に耳を当てる。


 まあ、当然判ってはいた事だが、中の音が漏れないように、音を消す魔法『無音サイレント』が掛けられている。流石は、一流、客の秘密もバッチリ守れる作りになっている。実は、こんな事もあろうかと。知り合いに貰ったこの魔道具が役に立つ。


 俺はズボンのポケットから、丸い吸盤が付いた物と耳に着ける事ができる物の二つを取り出す。まずは、片方の耳に着けて、もう一つの吸盤が付いた物体を扉に付ける。


 すると、耳に着けた魔道具から、音が聞こえる。そう、これは、吸盤の付いた物のほうを壁や扉に付けると、中の音が聞こえるという、バレれば騎士団に捕まってしまう事間違いない代物である。これは、無音サイレントを無効化して、音を拾える。試作品とはいえこれは。


 これを開発したあいつには、商品化しないように、念を押しておこう。

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