⑧

 最早、朝はヒナドリで食べる事が日常になりつつあるが、今日は少しだけ寝坊してしまったので、急いでクランへと向かっている。やってしまったな。


「おはようございます。遅れてしまってすいません」


 俺は部屋のドアを開けると、挨拶をする。部屋の中には、二人ともすでに来ていた。明らかに遅刻してしまったので、マルガスさんには静かに怒られ、スバルにはバカにされると思ったのだが、二人は何やら深刻そうに話し合っている。


「どうかしました?」


 俺は二人の近くまで行くと、何かあったのかを訊く。二人はそれで、俺の存在に気が付いたのか、俺の方を見る。


「あっ、先輩、遅刻ですよ!」

「それは、本当に申し訳ないが、何かあったのか?」

「それが……」


 スバルはそう言うと、マルガスさんの手に持っている紙に視線を向ける。


「バアル君、これを見てください」


 マルガスさんは持っていた紙を俺に渡してくる。その紙を受け取ると、中身を確認する。

 それは領収書で、宛名の部分はウーラオリオの装備品を扱っている部署のダリアというやつの名前が書かれている、確か、か細い印象のある男だったな。そして、何に対して使われていたのか言えば、飲食代。それだけ見れば、まあ経費とする為のものだと判る。だが、金額の部分を見た俺は自分の目を疑った。


「さ、30万ゼンだと!」


 それは飲食代と呼ぶには、とんでもない金額だった。


「これ、本当に仕事上での払いなんですよね? 自分個人ではなく」

「さっき、彼が来てこれを渡されました。私も本人に確認したのですが、個人の払いではないそうです」

「相手は誰です?」

「取引のある武器屋だと」

「はあ」


 俺達のような職員は仕事上の打ち合わせなどで、店で話合いを設けることはある。その時の支払いは、経費として計上することが出来る。経費として計上することの何が言うかというと、国に支払う税を減らすことが出来る事だ。クランは一年に上げた利益からその何割かを納めている。当然、費用が増えれば、利益は減り、その分取られる税の割合も少なくなる。


 なので、仕事関係で経費にできそうなものは、経費としている。クランから所属している冒険者への装備品などの支給や店の手配にもつながるので、こういった経費の領収書は多いのだが。だけど、二人がなぜ困惑しているのか、それはこの金額の大きさだ。


「それにしては、金額が大き過ぎます。これだけで、A級の依頼一つ達成報酬に近い金額です。」

「ですよね、先輩。私もここまで大きく金額はもっと上のそれこそ、クランマスターが国のお偉いさんと会食してきた領収書ぐらいでしか見た事ありません」

「発行した店は、『オアシス』ってここ滅茶苦茶高級店じゃねぇか!」


 オアシスはいわゆる金持ちがいくような、高級店だ、出てくる食材はすべてが一級品ばかり、それを作る料理人も一流だと聞く。そんなところに一職員が行けるわけがない。俺だってまだ行った事が無いのに!


「ちなみに、彼が今まで出してきたこういった領収書は、どれも一万ゼンより下で、こういった高級店のものは一つとしてありません」

「これは、ちょっと……」


 怪しい。ただの一職員がこの金額の店での会食だと、相手はそこまでの大手だという事か。いや、そんな相手と交渉しているなんて話少なくとも聞いていない。


「マルガスさん、どうしますか?」


 スバルがマルガスさんに訊く。

 マルガスさんは腕を組んで、しばらく考える。そして、閉じていた瞼を上げると、いつもの調子で口を開く。


「裏取りをしましょう」


 まあ、そうなるよな。

「とは言っても、通常の仕事もありますので、調査の方はバアル君。君に一任します」

「えっ、俺ですか?」

「はい、お願いします」

「マルガスさんとスバルは?」

「そうですよ、マルガスさん! 私も調査したいです!」


 スバルは勢いよく言っているが、遊びではない事を忘れないでくれ。


「当然我々も手伝える事は手伝います。しかし、通常の仕事を遅らせる事は出来ません。人手不足ですから」


 だから、もっと積極的に採用しましょうよ。


「なので、当分バアル君はこの領収書の真意を調査で、私とスバル君は通常業務を優先しつつ、バアル君を補佐するという事でお願いします」


 という事で、俺は特別業務を賜ってしまった。


 俺は、会計部署の部屋を出ると、ある場所のドアの前に立っていた。部屋のプレートには、装備魔道具部と書かれていた。

 ますは、調べる対象の事を知らなくてはならないからな。俺は部屋をノックすると、中に入る。


「失礼します。会計部の者ですけど」

「はい」


 部屋の中はテーブルと棚とその中にある書類など、会計部と対して変わらないのだが、その人数と部屋の広さが違った。会計部もこれくらいは絶対に必要だと思うのだが。俺は部の受付のテーブルに来てくれた男性職員に訊く。

「えっと、ダリアって人がこの部にいると思うのですが、今居ますか?」

「ダリアですか? 申し訳ありません、彼は今席を外していまして、彼に何か?」

「いえ、少し確認した事があったのですが……そうですか、不在ですか」


 なら、それはそれで都合がいいか。


「ちなみに、確認なんですけど、うちのクランで新しい武器屋もしくは魔道具屋と契約するみたいな話ってあります?」

「なぜですか?」

「ちょっと、風の噂で、一応そうなると、会計部としてもある程度は知りたいと思いまして」

「はあ、どこで聞いたかは知りませんが、今のところは新規でそういう話はありませんね。今契約しているところで十分ですから」

「ですよね。そんなわけないと思ったのですけど、念のためにね」

「その事をダリアに?」

「ええ、まあ。彼は、主に武器なんかの装備品を扱っていたと思ったので」

「なるほど、ですが、彼は今新規の交渉というよりかは、契約している店から納品される物を管理する担当なので、そういった事には関わらないですよ」

「へぇ」


 それなのに、あの領収書をね。もう少し、訊いてみるか。


「では、彼と懇意にしている店もしくは人に心当たりとかってあります?」

「以前担当していたのが、『レプリカット』という武器屋を担当していましたが、そことは契約は終わっていますし」

「どうして終了したんですか?」

「最初は契約通りに武器や防具などを納品してくれていましたが、段々と遅れたり、中には粗悪品混じっていたりと、問題が起こったので、そことは契約を打ち切ったんです」


 なるほどね。そういった事ならウーラオリオは速攻で契約を切っただろう。武器や防具は冒険者にとって命を預ける物だ、それがクランから支給された物で命を落としたなんていったら、信用は地に落ちてしまう。うちのマスターはそういった事に妥協は一切しない。


「じゃあ、彼が新規担当をしていないのは」

「まあ、大きな声では言えませんが……」


 配置替えがあったわけか。そんな、人物がリュウグウでね。なんだか、話が嫌の方に流れ始めてきた気がする。


 そんな風に思っていると、男性職員が俺の後ろに視線を向けて、何かに気付いたような反応をする。なんだろうと思い、俺は振り返ると、そこにはか細い男性、俺の記憶が合っていれば、話題の張本人ダリアだ。


「おお、ダリア、会計部の人がお前に話があるって」


 そう言うなり、彼は奥に引っ込んだ。まあ、直前まであんな話をしていたのだ、気まずくもなるか。


「会計部?」

「ええ、あなたが今朝持ってきた領収書について」


 そう話をすると、彼が警戒するのが判った。


「な、なんですか?」

「いえ、領収書なんですけど、飲食代となんていたのですが」

「あ、ああ。そうだが」

「それって、本当に仕事ですか?」

「し、ごとに決まっているじゃないですか!」


 彼の大声で、部屋の中にいる人達の視線が俺達二人に向けられる。


「まあ、落ち着いてください。やはり金額が金額なので、こちらとしても、慎重になってあらぬ疑いをもってしまうのです」


 俺の言葉に憤りは未だ残っているようだが、金額の話を聞いて、幾分かは冷静な部分が戻ってきたらしく。それが、しっかりと表情から見て取れた。


「なので、出来れば、誰と一緒だったのかを教えてください」

「そ、それは……」

「言えない場合は、経費とは認められないかもしれません」


 何か後ろ暗い事でもあるのか、頑なに喋らないので、俺は最後通告とばかりに、彼にだけ聞こえる声量で言う。その言葉は彼にとっては、効果があったのか、口を開く。 


「『ミノカタル』という店の人です」

「ミノカタル……聞かない名前ですね。新規の店ですか?」

「え、ええ」


 さっきの話では、ダリアは新規の店との交渉の仕事からは外されているはず、そんな人間が新規との店の交渉か。明らかに、何かを隠しているな、これは。

 とは言っても、ここで問い詰めたところで、より頑なになってなにも話さないだろう。


「そうですか、判りました。ですが、金額が金額なので、少し時間をいただきます」

「わ、判った」


 俺はその場を後にすることにする。さてと、いよいよ昨日の嫌は感じが本格的になってきてしまったな。とりあえず、次に調べる事は決まった。


 俺は、部屋を出てすぐに、その足でその場所に向かう事にした。

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