⑥
「今日は、ご馳走様でした」
最後までケーキを堪能して、店を出た俺に、アストレイアはお礼を言ってくる。
「ああ。いい休日になったか?」
「ええ、あなたとあの素敵なケーキのおかげでとても」
「判る」
俺もあのケーキを食べれて良かった。ただ、店を出た事で、この後も仕事が待っているという現実を突きつけられたわけだが。しかも、俺は仕事中である。まあ、ちゃんと二人へのお土産も買ったし、これで許してもらおう。
それに、アストレイアを労う為だと言えば、きっと………いや、これはスバルが喧しいから伏せておこう。
「じゃあ、俺はクランに戻って仕事だから」
「はい、また」
「おう」
そこで、俺はアストレイアと別れて、クランへと歩き始めた。ああ、戻ったらまた仕事か。戻りたくないな。
「やっと戻ってきた。先輩どこで油を売っていたんですか!」
会計係に戻って、開口一番にスバルに詰められてしまった。そう言うのも仕方ない。本来ならもっと早くに戻ってこられたわけだし。
「わるい、わるい。ちょっといろいろあってな」
「なんですか、いろいろって」
「いろいろは、いろいろだよ。まあ、そう怒るなって、詫びとして、こうしてお土産も買ってきたから」
俺は持っていた箱を、スバルに渡す。
「なんですか、これは。言っておきますが、こんなもので、私の怒りは収まりませんよ……先輩、あなたは最高です!」
言いながら、箱を開けたスバルは一瞬にして掌を返す。
「しかも、これ私が前行ったお店の季節限定のスイーツじゃないですか、やった! マルガスさん。休憩しましょうよ」
スバルの言葉にマルガスさんは、軽く微笑む。
「そうですね。ちょうど私達の仕事もひと段落した事ですし」
「じゃあ、私お茶淹れてきます!」
スバルはそう言うなり、部屋を出て行く。
「ちなみに、バアル君」
「判ってますよ。経費ではおちないでしょ。これは、あくまで、俺が個人的に購入した物ですから」
俺の言葉に、マルガスさんは頷く。これが、ギルドや道具屋などの人達と仕事上の話をする為に、必要な物だったのなら経費として、上げられたかもだけど、これはそうではないので、経費にするのは難しい。
「お待たせしました! この私が最高のお茶を淹れて戻りましたよ」
スバルはお盆にカップを二つ乗せて………二つ?
「あれ、スバル、俺のは?」
「えっ、先輩はこれから仕事なんですから、必要ないですよね?」
「……」
たくましい後輩をもって、先輩の俺は鼻が高いよ。でも、少しは優しさを俺にもさ、分けてくれてもいいのではないか?
そんな事を思う俺の肩をマルガスさんがポンポンと叩く。
「まあ、今回はしょうがないということで」
「はあ、ですよね」
俺がアストレイアと一緒にロールケーキを食べている時には、二人はしっかりと仕事をしていたのだ、これぐらいの事は甘んじて受けるとしよう。
二人が、各々俺が買ってきたイチゴのロールケーキを食べている中、俺は残っている仕事に取り掛かるのだった。
「では、今日も一日お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
マルガスさんの言葉で今日一日の業務が終了した。はあ、やっと終わった。というか、スバルは元気だな。これがスイーツ効果か。
「じゃあ、私は先に帰ります」
「今日は、えらく早いな」
「この後、友達とご飯なんですよ。じゃあ、お先です!」
スバルはそう言うと、部屋を出て行く。家に帰っても食べる物はないからな、いつも通りヒナドリで何か食べて帰るか。
「マルガスさん、この後ヒナドリに行こうと思いますけど、一緒にどうですか?」
せっかくならと俺はマルガスさんを誘う。しかし、マルガスさんは申し訳なさそうな顔をする。
「すいません、バアル君。今日は、妻が久しぶりに早く帰れるようなので、私も早く帰ろうかと」
「あっ、そうなんですね。じゃあ、また今度誘います」
「ええ、また今度行きましょう」
「それじゃあ、お先に失礼します」
「はい」
俺は帰り支度を済ませると、マルガスさんに挨拶して、部屋を出る。マルガスさんの奥さんは、国に仕えている魔導士で、一年を通して忙しい人だ。そんな人がせっかく早く帰って家族を過ごそうというのだ、俺よりもマルガスさんにはそっちを優先してもらうのが、当然だろう。俺となんていつでも行けるのだから。
ヒナドリは、日中は喫茶店をしており、夕方から夜になると、お酒やご飯ものがたくさん出るお店に変わる。なので、この時間のヒナドリの店内は日中と打って変わって、にぎやかな雰囲気になる。
「おや、バアル、いらっしゃい」
「こんばんは、店長」
ヒナドリに入った俺に、この店の店長、ウカさんだ。大柄な男性であり、白いエプロンがなぜだかよく似合う。体も器も大きい。料理だけでなく、こういう接客もこなしている。とはいって、お店には他にも店員はいるが、みんな厨房とお客がいるテーブルを行き来している。
「この様子だと席は空いてなさそうですね」
「すまんな。もし、相席でも良ければ案内できるが」
「俺は大丈夫ですよ」
「判った。ちいと待ってな」
そういうと、ウカさんはそのテーブルだと思われる場所に向かって、店の奥の方に消えて行った。しばらく、待っていると、ウカさんが戻ってくる。
「バアル、待たせたな。相席大丈夫だそうだ、案内する」
「判りました」
ウカさんに案内されるままに、俺はその席に向かう。その席に座っていた人物は俺の知り合いだった。
「あれ、ヴァン?」
「うん? そうか、主人が言っていたのはお前の事か」
知らない人物との相席はちょっと気まずいが、見知った相手ならば特に緊張することもないし、むしろ安心だ。
俺は、相席の相手の向かいに座る。俺と同じ黒髪で、眼鏡を掛けたヴァンは、ギルドに勤めており、俺とは仕事柄たびたび顔を合わせている。それに、同年代という事もあってか何かと気が合う。
「相席の相手がお前で良かったよ」
「僕もお前で安心した。変に知らない人が来たら、食事に集中する事が出来ないからな」
「それは、同感だ」
俺は、ちょうど、来てくれた店員の女性を呼び止めて、注文する。ちなみに今日の晩ご飯は、店長の気まぐれセットだ。これが、この店の定番メニューの一つで、毎日違っているのだが、少なくとも俺が今まで食べた中ではずれだと思った料理は、一つとしてなかった。
俺の目の前に座っているヴァンは、サラダとステーキのセットを食べている。その細身に対して、結構ガッツリ食べる。何回か食事をしたことがあるが、その体のどこに消えているのか不思議だ。
「今日は定時で帰れたんだな」
「ああ、俺が担当している冒険者も、先日依頼を多くこなしていたから、今は雑務が主だ」
ギルドの仕事は多岐にわたるが、やはり主だった仕事が、冒険者の対応が多い。駆け出しの冒険者は、まだ様々な事に不慣れな為、それを支援するのがギルドの役割でもある。依頼の受け方から達成、失敗した際の報告の仕方、ダンジョン情報の提供、ギルド提携の武器道具屋の紹介など、上げだすときりがない。
ギルドの職員がそのまま、その冒険者の担当となり、窓口になっていく。職員は担当の冒険者を複数人担当することになる。
「まあ、またすぐ忙しくなるさ」
ヴァンはそう言うと、切り分けたステーキを口に運ぶ。
「お待たせしました」
ちょうど、ヴァンの食べている姿を見て、お腹が減ってきたいいタイミングで、俺の頼んだ気まぐれセットが運ばれてきた。
「おお」
今日の気まぐれセットは、シチューだった。しかも、ただのシチューではない。それは、多くのスパイスを溶かした、特別制で、具も野菜を中心に入っており、注目すべきはこのボッグスの肉だろう。ボッグスというのは、猪型のモンスターで、その肉は柔らかくとても美味しいのだが、ボッグス自体とても好戦的なモンスターで、その巨体から繰り出される突進は、真正面から者モロに食らえば、全身の骨が折れ、内臓が破裂してしまうほどのパワーがあり、それに加えてタフさも兼ね備えている。ボックスはC級モンスターに分類されているので、討伐も楽ではない為、こうして料理として出ることは、あまり多くはない。
ってことは、誰かが討伐したという事か。誰かは判らないが感謝しよう。
「いただきます」
俺は、手を合わせると、さっそくその肉を口に運ぶ。口に入れただけで、判った。このシチューの甘辛い味にホップスの肉が煮込まれ、そのすべてに味がしみ込んでいる。そして、やはり軽く噛んだだけで、噛み切れてしまう。この柔らかさ。美味い。
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