⑤

 無事に入金の手続きも終わり、俺は自分の職場に戻るべく、クランに向かって歩いていると、見知った人物がある店の前に居た。


「お、奇遇だな、アストレイア」

「バアル、今日はよく会いますね」

「言って、二回目だけどな」


 さっきと言っても、結構時間が経っているが、会った時と変わらず私服の彼女は、明らかに周りの目を惹きつけていた。何が言いたいかというと、滅茶苦茶に綺麗だという事だ。


 しかし、こいつは確か装備品を改修とかなんとか言っていたはずだが、目の前のこの店は、どう見えても装備屋には見えない。

店前のショーケースに並んでいるのは、スイーツだ。そういえば、スバルが言っていたのもこの店だったな。


 アストレイアは変わらずショーケースを見続けている。もしかして、


「食べたいのか?」

「ええ、とても」


 素直でよろしい。

「なら、入ればいいじゃないか。見る限り店内はそこまで混んでないみたいだし」


 店のガラス窓から見る限り、店内に客はいるが、満席というわけではない。


「以前中に入ったら、他の人の視線やサインを求められて、ちょっとした騒ぎになってお店に迷惑を掛けてしまって、どうしようかと思って」


 なるほどな。こいつは冒険者として実力もさることながら、その容姿からも注目を浴びやすいから、こんな店にいれば話掛けられるのは当然か。しかし、入らない理由が他人の為とは、なんともこいつらしい。さてと、どうしたもんかね。


「……で、なにが食べたいんだ?」

「なぜ?」

「いいから」

「これですね」


 彼女はショーケースの中のスイーツの一つ、季節限定イチゴのロールケーキか。俺は、店内に入っていき、中にいる店員に話掛ける。俺は話終わると、店外で待つアストレイアの元に戻る。


「あの」

「ほら、お前も早く入れ」

「ですが…」

「大丈夫だ。この店の店員に頼んで、奥の個室を使わせてもらえる事になったから」


 俺が先に入ったのは、店の人となるべく店内でも目立たない奥の個室席を使わせてもらえないかという相談だったわけのだが、店の人は快く承諾してくれた。


「そういう事ですか。ありがとうございます」


 アストレイアは俺に礼を言うと、店の中に入る。店の人には話をしてあるので、そのまま奥の個室の席に案内される。


「それで、どうしてあなたまで?」

「いや、なに、いつもクランに貢献しているお前に、俺からささやかな労いの意味も込めて、奢ってやるかと思ってな」


 けして、俺もここのスイーツが食べてたくなって便乗したわけではない。いや、嘘だ。とても美味しそうだったので、これ幸いと思い便乗させてもらった。


「あなたは仕事中では?」

「休憩中とういう事で」

「職場の方は働いているのに?」

「…お土産は買っていく」


 それで、なんとか許してもらおう。


「本日はお越しいただきありがとうございます」


 先程の女性店員さんが、水の入ったコップを二つ持って来て、そのまま俺とアストレイアのテーブルに置く。


「ご注文はお決まりですか?」

「はい。このイチゴのロールケーキを二つお願いします」


 俺はメニュー表を指差しながら注文する。


「かしこまりました。イチゴのロールケーキがお二つですね」


 店員は注文を聞くと、離れて行った。


「まあ、いいでしょう。ここはご馳走になるとします」

「ああ。変に遠慮されるよりも有難い」


 俺は、コップに入った水に口を付ける。ここまで、歩き続けていたから、喉が渇いていたから助かった。


「あなたと二人だけというのは、何だかんだ初めてですね」

「そうだ、同期って言っても、お前は冒険者、俺はただのクラン職員、接点なんてほぼないし、会ったとしても今日みたいな書類のやり取りでしか会わないからな」

「後は同期会ぐらいですね」

「ああ、在ったな、そんなのも、俺は参加してないやつだけど」

「あっ」


 アストレイアは明らかに大袈裟な反応をする、ちょっとまて。


「おいおい、止めろ。それだと、俺だけ仲間はずれにされているみたいな感じになるだろうが」

「えっ」

「もしかして、自覚がない? みたいな反応も止めろ。別に同期の連中と中悪くないから。てか、同期会に参加出来なかったのは、普通に俺の仕事が立て込み過ぎて、行けなかっただけだからな」

「判ってますよ。そんなに必死になると逆に本当みたいですよ」

「……お前、本当にいい性格してるな」

「ありがとうございます」

「別に褒めてるわけではないからな」


 こいつ、見た目とは裏腹に本当にいい性格してやがるな。てか、こういうのがこいつの素の感じなのかもしれない。このまま、こいつのペースに付き合うのもなんだか負けた気がするので、多少強引ではあるが、話題を変えるか。


「最近調子はどうなんだ?」


 なんか会話下手くそな奴みたいな感じになってしまったが、アストレイアはさっきのようにからかう事はなかった。


「最近ですか……順調と言っていいとは思いますが」

「なんだか、歯切れが悪い言い方だな。今日の報告書を見たけど、A級のモンスター討伐やらダンジョン探索、中々難易度が高いものを数多くこなしている。まさに、トップ冒険者までまっしぐらって感じだろ」

「それは、他の優秀なメンバーが居るからです。私は自分自身がまだまだだと思っています」

「……冒険者としての目標みたいなものはあるのか?」

「あります」


 俺の言葉にアストレイア即答する。そのまっすぐな瞳になんだか気圧されてしまう。


「私の目標は、『アーク』の冒険者を超える事です」

「……また懐かしい名前が出て来たな」

『アーク』は冒険者パーティーの名称だ。そして、その全員がS級冒険者の集団で彼らこそが冒険者の頂とまで言われていた。なぜ過去形なのかは、

「まさか、お前の口からあの解散したパーティーの事を聞くとはな」

「冒険者で彼らの事を知らない人はいませんし、彼らに憧れて冒険者になる人も少なくはありません」


 そう、よく知っている。


「彼らは数年前に解散してしまいました。理由は、判りません。ですが、彼らの強さは本物です」

「まるで、見て来たかのように言うんだな」

「ええ、私は彼らの強さを間近で見た一人ですから」

「どういう事だ?」

「当時の私はまだ冒険者として駆け出しで、未熟でした。あるダンジョン探索中に少しのミスから、大量のモンスターに囲まれてしまいました。流石にあの時は死を覚悟しました。もうここまでかと、諦めかけたその時に助けてくれたのが」

「アークの冒険者だった」

「はい」


 どんな熟練の冒険者であっても、ダンジョンでのミスが死に直結するなんて事はよくある話だ。ましてや、駆け出しの頃ならばそうなる確率は高い。現に、冒険者の死亡でもっとも多いのがダンジョン探索における死亡だ。


「私は彼らの強さに憧れました。数多の魔法、研ぎ澄まされた技、どれも死の淵のいた私の心を奪った。それから、私の目標はあの日見た彼らの強さを超える事になりました」

「そうだったのか」

「ですが、そんな彼らの解散には驚きましたが、私の目標に揺らぎはありません。その為に私はウーラオリオに所属する事に決めました」

「確かにな。個人で強くなるには限界もあるし、何より来る依頼の質が違う」

「ええ。私はこれからも自分を磨き続けます」


 なんともまっすぐなやつだ。本当に彼女なら…。みんながなんで彼女に期待してしまうのかが判った気がするよ。


「お待たせしました。イチゴのロールケーキになります」


 タイミングがいいのか、さきほど注文したスイーツがきた。皿に乗せられた、ロールケーキの断面から見えるのはカットされたイチゴとピンク色のクリームおそらくイチゴのクリームだろう。見ただけで判る、これは美味しい、間違いない。


 俺とアストレイアは、フォークとナイフを手に取ると、それをナイフで綺麗に一口サイズに切り分け、フォークで刺す。ロールケーキはなんの抵抗もなくすんなりと刺さる。


 俺は、感動を覚えつつ、それを己の口に運ぶ、ぱくり。その瞬間、俺はこれを作ってくれた料理人に感謝した。なんだ、これ。うますぎるだろ。


 ケーキの柔らかさ、そして、このイチゴの酸味、それととても合うこのイチゴのソースの甘さ、すべてのバランスが最高だ! こんな素晴らしいものが存在していいのか、いやいいに決まっている。俺の手は止まる事なく、次のケーキをすでに切り分けていた。


 そして、ふと目の前の彼女の事が気になり、目線を上げると、もう何も語る事はなかった。

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