第1話 逃亡
異変は
関所は内側に入れば入るほど厳しい審査基準が設けられる。その1番内側の
旅人にとって関所というのは厄介なもので内側が安全であればあるほど、外側に危険が滞留しているものだ。例に漏れず、関所越え前の宿場町は審査を通過できなかった者たちの溜まり場になっていた。
「なんでも関所の役人が出張中だから、審査結果は2日待ちだってよ」
私の護衛が
旅人目当てに飯店や賓館が建ち並び、享楽的な遊戯施設も多い。護衛たちは、1番高そうな賓館の部屋に私を放り込むと、いそいそと遊びに出かけた。無口で可愛げも面白みも無い娘といても、そりゃあつまらないだろう。部屋の扉の前に見張りの1人も置かずに行ってしまったことに、私は大人しい箱入り娘を演じて良かったと思った。
準備を手早く整えて、母の簪だけ胸元に仕舞う。白すぎる肌に、眉墨を粉にして油で薄めて塗る。まだらに日焼けした狩人らしい肌色になった。あとは路銀を分けてあちこちに仕込む。盗人にあったら差し出して命乞いをするつもりだ。山賊にあったら命まで取られても仕方がないから、考えないことにした。虎穴に入らずんば虎子を得ず。多少のリスクは仕方ない。
予定通り山道に入る。地図は、御者が持っているものを盗み見て記憶して描いたものがある。古く険しい山道だが、
そんな事を考えながら、迷いなく山道を進む。
しかし次の宿場町に差し掛かろうとする最後の峠でのことだ。私は襲われた。身のこなしや素早さには自信があったが、短剣で応戦する私を最も簡単に黒装束の男が取り押さえる。これは強盗ではない。それを感じたのは男の動きがあまりにも洗練されていたからだ。専門的な教育を受けた間者のようだ。私を傷つけることなく、短剣を叩き落とし、私を運ぶ。追っ手ではない。向かい側から来たのだ。
猿轡をされて大人しくなった私を、私が今夜泊まる予定だった宿場町まで運び、その街で一等豪華な賓館の最上階の部屋に放り込もうとして、扉を開けると部屋では首を吊りかけている小太りの役人の後ろ姿が見える。小さくて小太りの役人がコミカルに勢いよく乗っていた椅子を蹴り飛ばして縄に向けて決死の小さなジャンプをすると、同時に黒装束の男はすかさず縄を切る。小さくて小太りでナマズ髭の役人は潰れたカエルのようにしばらくうつ伏せにピクピク横たわっていたが、黒装束の男が抱き起こして椅子に座らせた。恨めしそうな目で男を睨んでいる。
「なぜ、死なせてくれないの⁉︎今死ねなくても、都に戻ったら死ぬまで酷い拷問をうけるかもしれないのよ⁉︎痛いのは絶対にいやよ⁉︎」
甲高い声で随分と物騒な事を喚いている。
「
黒装束の男が私を指す。私は「違う、人違いだ!」と叫ぶが猿轡をかまされている為に、ウーウー唸っているような音しか出なかった。
「ホント⁉︎でも顔ちょっと黒くないかしら…、1週間も逃げてて日焼けしたの⁇」
「いや、油を塗ってるだけだと思いますぜ」
男が私の頬を袖で擦る。油が取れて、そこだけ白い肌が露出した。
「男装じゃ身分は隠せやしないですよ。お嬢さん」
猿轡が外される。良かった、これで人違いに気付いてもらえる。
「
間髪入れずに、答える。
「ちょっとー⁉︎
「いや、どう見ても
「そうよねえ、あービックリした。違ってたらもう一回自殺しなきゃいけないとこだわ!ホント帰ってきてくれて良かったわ」
自殺をもう一度させてしまうのは申し訳ないけれど、私はもう一度繰り返した。
「2人とも私の顔を良く見てください。
小さくて小太りでナマズ髭でオカマ口調の役人と
「すごく似てるけど…この子違うわァァアアア‼︎」
そして甲高いオカマの叫び声が賓館中に鳴り響いたのだった。
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