横浜開港祭

「ここだよ、ここー!」

「あ、いたいた!」


 駅前は、すごい人混みだった。電車に乗っている時からすごい混んでて、改札出るのも一苦労だったけれども。改札を出てからも、駅前は人でごった返していた。


 その人混みの中で、早紀さきが待っている。

 季節はまだ梅雨前だけれども、浴衣を着ている早紀。紫色の浴衣で、季節を先取りした紫陽花が咲いているようだった。


「早紀、可愛い浴衣だね!」

「そういう美智子みちこも、良い色の浴衣だよ! 似合うー!」


「ありがと!」



 青色の浴衣。私のお気に入りなんだ。

 二人して、紫陽花色みたいな色をして。花火を見に来たっていうのに、先に二人で咲いてるみたい。


 今日来たのは、みなとみらい。横浜開港祭っていうのがやっているの。

 そのお祭りの最後に、海辺の近くで花火が上がるんだ。毎年、早紀と見に来ているの。

 違う高校に行っちゃったけど、月一回くらいで二人で遊んでいるんだ。


「すごい混んでるねー」

「この花火も、久しぶりにやるからね」


 久しぶりに開かれる開港祭。

 空白の数年があったけれども、やっと私たちの学生生活が送れるっていう感じだよ。今年から、泊っていた時計がやっと動き出したよ。


「やっと普通の生活に戻れたって感じだよね」

「うんうん」


「そうは言っても、恋に勉強に、部活に塾に。高校生って大変だよね」

「はは。恋っていうのは、私には無いけどね」


 私が答えると、早紀はクスっと笑った。


「まぁー。私もだけどね!」


 彼氏なんていたら、私たちはそっちに夢中になっちゃうかもだけど。

 中学生からずっと、そんな気配は無かった。二人ともにそうだった。


 花火会場までは少し距離があるから、歩いて向かう。

 駅前でも人が多かったのに、会場に近づくにつれて、もっと人が多くなっていった。


「人多いね」

「はぐれないようにしないとね」


 そう言って、早紀は私の手を握ってくる。


「はぐれちゃうと厄介じゃん? 人混みだと、スマホの電波入らないっていうの、最近知ったんだよ」

「そうなんだ! じゃあ、なおさらはぐれちゃダメだね」


 私たちは、二人でくっついて歩く。

 そのまま会場近くまで行くと、人混みは歩くのが止まってしまった。みんな、その場で見るようだ。


「止まっちゃったね」

「いいじゃん、ここ近いから良い感じ見えそうだよ」


 止まってしまっても、私たちは手を繋いだまま。

 止まっていれば、はぐれる心配なんて無いのに。離そうとしなかった。



「……高校ってさ、好きになれる男子っていないよね」

「……私もそう思うよ。良い人なんて全然」


 そう言っている間に、最初の花火が上がった。

 大きい花火が二つ。大空に花咲いた。

 紫色と、青色と。


 ちょうど私たちの着てる浴衣と同じ色の花火。



 その音と同じタイミングで、ギュッと手が握られる。

 混んでいる中で、その場にいる人は全員花火を見ている中で。


 私も、ギュッと握り返す。


「私さ……」


 早紀が何かを言おうと、こちらを見たけど花火の音にかき消されていく。

 何を言おうとしているかは、なんとなくわかるけど。


「私も、好きだよ」


 私の声も、花火にかき消される。


 それでよいと思う。そのくらいの気持ちのはずだから。今だけの気の迷いだから。

 花火が空で綺麗に咲いて、すぐ消えてしまうように。

 何にも残らない形で。


 早紀と二人で確かめ合える、それが私と早紀の横浜開港祭なんだ。

 私は、これからも、ずっと好きだよ。

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