サイクリング

 気持ちが良いこと。

 それは、敵を倒すこと。


 画面の中で味わえるの。

『爽快感』っていうやつ?

 これを超えるものは無いよ。



「おりゃーーー!」


 画面の中のアバターが、銃弾をまき散らしてくれる。

 敵にヒット、ヒット、ヒット!


 赤い血を噴射させて、敵が倒れていく。

 辺りは、赤い血の海に染まる。

 そのうえで、アバターがガッツポーズ!


「よっしゃ! どんなもんですか!」


 ふふふー。

 今日も連戦連勝♪

 敵なしだね! 気持ちいいー!


 私の休日の過ごし方、第一位。

 それが、FPSで無双すること。


 よーし、次のステージが、私を待っているよ!


 そう思った時、着信があった。画面を見てみると、典子のりこだった。



「おいっす! 今日ヒマしてるでしょ? ちょっと外出てきてよ!」

「はっ? 私はヒマなんかして……」


「どうせ、ゲーム三昧でしょ? もっと気持ちいことあるから、教えてあげるよ!」

「むぅ……」


 そんな誘い文句。彼氏がいたら言われてみたいけれども、相手は典子か……。


 ――チリンチリン。



 窓の外から、ベルの音が聞こえた。

 典子だな。自転車オタクの典子。


 二階の窓を開けると、案の定、典子が玄関前にいた。


「ほーら、いくよー! 潮風浴びに行こっ!」


 ガチのサイクリングスタイルの典子。流線型を意識したスタイリッシュなヘルメットに、サングラス。膝上あたりまでのピッチピチのパンツ。そして、上半身もピチピチなシャツ。まさに、ガチ勢。


 そんなガチ勢な装いを見せられたら、私は委縮するわけで……。

 窓から、典子に返事する。


「私はインドアなんですよー。じめじめした場所を好むんですー。そんな私が潮風なんて浴びたら溶けちゃいます」

「はっ? 何言ってるの! 何事も、やってみないとわからないよー!」


「典子は私に、溶けてしまえって言ってるんですかー!」

千鶴ちづるが溶けちゃったら、私も一緒に溶けてあげるよ!」


 男前なセリフと一緒に、爽やかスマイルを輝かせる典子。

 まさに初夏を体現したような人だよ、まったく。


 典子が男の子だったら、外に出る前に溶けちゃってるな……。


「アイス奢ってあげるからさー!」

「わかったよー!」


 ……まぁ、たまには付き合ってやるか。



 ◇



 サイクリングと言っても、私は普通のシティサイクル。

 典子は、ロードバイク。


 全然性能が違うんだけれども、典子は私に合わせてゆっくりと漕いでくれる。



 私たちが目指したのは、しまなみサイクリングロード。

 広島と愛媛を結ぶ道。


 最後まで行くのは、さすがに体力持たないから、途中までっていう約束で、橋をわたっていく。


 初夏の潮風が、頬を撫でていく。



「どう? 気持ちいいでしょ?」

「まぁまぁかな!」


「なんで上から目線よ!」

「だって、私の方がFPS強いし」


 他愛のない会話は、風に乗って瀬戸内の海の上へと流れていく。

 爽やかな青色に包まれて、波が楽しそうに笑っているみたい。


「どうー? 外に出るのも気持ちいでしょ!」

「確かにね。サイクリングっていのも悪くないね! 気持ちいから、ちょっと好きになっちゃうかもー!」

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