トランシーバー

 真夏の体育館の倉庫。

 空調も何も無いので、そこは灼熱地獄と言っても過言では無い。


 風も通らないし、ただただ熱を貯める倉庫になっている。

 倉庫はおろか、体育館自体に人の出入りも無い。

 体育館も倉庫の方も、電気も着いていないし、静けさが漂っている。


 昼間なので窓から光が入ってくる。

 それと一緒に、外の暑さと、蝉の声と、湿気も入ってくる。

 とにかくここは暑い。



 そんな体育館の倉庫に、私と小梅こうめちゃんは隠れている。

 別にゾンビが街に溢れてる訳でもないし、連続殺人犯が街を彷徨いてるなんていうこともない。

 なぜ隠れているかと言われても、これが学校行事だからなのだ。


 今現在、学校全体を使った『隠れ鬼ごっこ』をしている最中。



『隠れ鬼ごっこ』

 ルールは簡単。鬼に捕まらなければ良いだけ。

 見つかっても、鬼にタッチされなければセーフだし、そもそも見つからなければタッチの心配も無い。


 奇々怪々な行事なのだが、昔本当に連続殺人鬼が出たとか出ないとか。

 昔からの伝統行事として残っているのだ。



「こんなトランシーバーまで渡されてさ、なんでこんなに本格的な隠れんぼするんだろうね。夏休みに学校に来てまで……」


 隠れている立場だけれども、一緒に隠れてる小梅ちゃんと退屈しのぎに話している。


「これも、なにかの教育の一環っていうことですよ、多分。うちの高校偏差値だけは高いじゃないですか?」


 偏差値は高い。

 それは認めるけれども、頭は良くないと私は思う。

 そう思ってる私の頭が良くないのか、この行事は二年目だけど一向に理解ができないんだよね。



「考えても分からないことは、諦めよう。とりあえず今を全力で乗り切ろう。まずは水分補給がしたい……」


 暑い倉庫で、念の為跳び箱の中に隠れているのだ。

 一つの跳び箱に一人。

 隣り合わせに置かれた跳び箱で、二人で話してる。

 念には念を入れすぎたな……。鬼も誰も来ないのに……。


「そしたら、実優みゆちゃん。外にいる人達にトランシーバーで連絡してみようよ! ‌鬼が近くにいないかなって」


 確かに。

 トランシーバーがあるなら使ってみるのも手だよね。


 とりあえずトランシーバーの電源を付けてみた。

 確か私達のクラスの人と通信するには、周波数を合わせて……。

 良し!


 ザザーー。


 繋がったのかな?


村越むらこし実優みゆです。誰か聞こえますか、どーぞー」


 ザザーー。


「はいはい、実優みゆ、どうした? ‌どーぞー」


 おお、ちゃんと使えた!

 けど、誰の声か良くわからなかったな。

 ……ちょっと怖いな。

 鬼とかじゃないよね……?


「あなたはどなたですか? ‌どーぞー」

「私は、あなたの大好きな彼氏の裕二ゆうじです。どーぞー」


 なんだか、信じられないな……。


「本当に裕二だとしたら、私の好きなところ十個言ってみてください。どうぞー」


「マジか? ‌えーっと、明るいところ、嫌なことあってもへこたれないところ、顔が可愛いところ……」


 その時、ガタッと隣の跳び箱から小梅ちゃんが飛び出してきた。

「あの、実優ちゃん。これ多分クラスのみんなに、聞こえちゃってますよ……」

「え……? ‌そうなの……?」


「えーっと、唇が柔らかいところとか……」

 裕二も気付いてなくて延々と話続けてる。

 トランシーバーって、片方が喋ってると他の人喋れないんだよね……。


 ああ……終わった……。

「よし! ‌今度は実優の方から、俺の好きなところを十個お願いします。どーぞー!」


 私が喋らないでいると、クラスの誰かの声が聞こえてきた。


「惚気話ありがとうございます。トランシーバーってなんだか楽しくて好きです。どーぞー」

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