よれよれシャツと、ショートパンツスタイル

 古い団地。


 線路の隣にあるから、電車が通る度にうるさい。

 だから、暑かったとしても部屋の窓なんて開けられない。


 ただ、開けなかったところで、壁が薄いから電車の音がガンガン聞こえてくるんだけどね。

 それに混じって、蝉の声も聞こえてくる。


 もう夏なのか……。


「ああああーー、毎日暑い!」


 肌着姿で叫んでいる妹、あかね。

 中学二年生女子って、こんなだらしなかったっけ?


 扇風機の前に座って、扇風機に向かって声を上げている。

 それと同時に、手にはうちわを持って。

 暑い暑いって言いながら、がむしゃらに自分を仰いでる。


 無理に動く方が暑くなると思うんだけどな。

 うちわ振り回すことで、扇風機が作る空気の流れを乱してるし。


 やっている行動は、やっぱり中学生だな。



「あかね、服を着なさいよー」


 いくら暑くっても、しっかり注意しないと。

 妹がだらしない大人になったら嫌だもんね。

 これでもご近所さんからは、美人姉妹なんて言われたりするんだよね。


 もう少し清楚にして欲しいなって。

 そんな気持ちもあって、ちょっときつく言ってみた。


「お姉ちゃんに言われたくないよ。高校生にもなって肌着で過ごすなんて」


 扇風機からこちらに振り返って、あかねが言い返してきた。

 額の汗が、扇風機の風で横に流れていってる。


「私のは肌着じゃないの! 薄い部屋着なの! これもパンツじゃなくてショートパンツ!」


 我ながら、ちょっと言い訳がましいかも……。

 私も人のこと言えないのか……。


 こんな議論で熱くなってもしょうがない……。


「お姉ちゃん、シャツ、よれよれだよ」



 私。冷静になれ。

 熱くなっちゃダメ。

 清楚な姉として。


 これもそれも、暑さのせい。

 頭を冷やして。


 あかねは、ニヤニヤとこちらを見てきた。

 からかわれてるのはわかっているから。

 安い挑発にのっちゃダメ。


 私は、お釈迦様のように涼しい顔をする。

 するとあかねは、つまらなそうに扇風機に向き直った。



 ……ふう。



 ピンボーン。


「あら? 誰か来た」

「お姉ちゃん出て、私こんな格好だし」


 私もこんな格好だしな……。


 服を着替えようかなって一瞬悩んでしまった。

 それがきっとあかねにも伝わってしまったのだろう。

 あかねは扇風機の方を向いてニヤニヤしてた。



 妹を怒った手前引き下がれない。

 私にとってはこれが正装。

 服を着てくるなんて言ったら、あかねの思う壺。

 威厳を見せましょう。


 そのままの恰好。

 よれよれシャツと、ショートパンツスタイルで玄関まで行き、ドアを開けた。



「宅配便でーす」


 ちょっとイケメンなお兄さんだった。

 私の恰好にちょっと驚いていた。



 驚かないでください。

 これが、私の正装です。

 お兄さんわかって下さい。


 私は配達員のお兄さんにニコって微笑みかけた。


 そうしたら、ニコって微笑み返してくれた。


 ……よし。わかってくれたかな?


 お兄さんの顔がニコニコから、若干ニヤニヤになっている気もした。



「ありがとうございましたー」


 ……何に対してのお礼だがわからなくなっちゃうな……。

 あかねのいる部屋へと戻る。



「お姉ちゃんそんな恰好で出たの? 恥ずかしくない?」


「……これが私の正装です!」



 あかねは、扇風機に向かってゲラゲラ笑ってた。

 笑い声が扇風機に跳ね返って面白い声になっていた。



 暑い夏だもん。

 そういうものだよ。


 よれよれシャツと、ショートパンツスタイル。

 私は、この格好が好きだもん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る