第51話 導いた答え
舞台の中心で千景は大きく息を吸うと、膝から崩れ落ちた。
ようやく新鮮な呼吸が出来た気がした。汗で全身はじっとりと濡れ、全身の筋肉ががくがくと震えた。瞳の色は赤からもとの色へと戻っている。
焔の力を身の内に封じ、力を使い果たしてしまったのだ。
それでもなお、手元の神剣を落とすことはしなかったのは、最後の意地であり、歴史や魂の重みがある大切なものだと分かっていたからだ。
千景は腰の平緒をほどくと、その上に神剣を載せてゆっくりと舞台に置いた。
「千景!」
悠幸は千景のもとへと駆け寄った。千景は疲労で落ちそうになるまぶたを必死に開けて、安心させるよう出来る限り微笑んだ。
「悠幸様……!」
すると悠幸が千景の胸の中に飛び込んでくる。肩に腕を回して、顔を埋めた。
「格好良かったぞ、千景……!」
最高の褒め言葉であった。
「悠幸様のおかげで、勝つことが出来ました……」
きっといつもの千景だったら諦めてしまっていた。
千景は焔だけでなく、投げ出してしまう弱い自分にも勝てたのだ。
座り込んだ状態で、それでもなおしっかりと抱きしめてから、ふと千景は我に返る。
「あ、これは……」
主をこのように抱擁してよいものか。千景は一瞬動揺したが、今は良いかと考え直す。
すると千景の動揺を見透かした悠幸が顔を上げ、くいっと首を傾げて微笑んだ。
「別に良いだろう? 私は千景の弟なのだから」
「おとっ……!」
破壊力は抜群であった。千景はびきっと固まる。照れやら恥ずかしさやら込み上げ、それ以上に胸の奥が熱くなる。
千景はほてった顔を隠すように、軽くうつむいた。
「あ、あの……」
「ん?」
「浄化の力、お返し致します」
身の内の炎を手の平にかざすと、悠幸はそっと手を重ねた。
信人が微笑みながら、柱に寄りかかった状態で彼らの様子を見ていた。
「羨ましいよ。頼人は小さい頃、そんなことしてくれたことなかったから」
「そんな昔の話を蒸し返さないで下さい」
何を思い出したのか、頼人は渋面した。とても生意気な弟だった自覚があるのだ。
「そういえば兄上、どうして悠幸の記憶を消したのですか。それがなければ、彼も自分の力の戻し方をもっと早くわかっていたでしょうに」
「だって……」
信人は口ごもる。その瞳は憂いを帯びた。
「だって?」
触れてはまずい部分に触れてしまったのか、と頼人が緊張した色を浮かべると。
「父上と離れたくないって、悠幸が全然離してくれなかったんだよ……!」
「え⁉」
悠幸と頼人の声が同時に重なった。
信人は泣きそうな顔で続けた。
「すごく心が痛むし、もう死んでいるんだよとも言えず、引き離すのも可哀想すぎるしやむを得ず……」
「そういう理由だったんですか……」
頼人は拍子抜けして半眼になった。
「お、お気持ちわかります」
千景は小さな声でぽそりと賛同した。
「もう記憶を消すのはなしですよ。でないと、色々辻褄の合わないことが出てきますし、それに消さなくとも彼らはあなたの死に引きずられることなく、強く生きていける。他の者にあなたの存在を吹聴することもないでしょう」
頼人の言葉に、信人はほっと息をつく。
「それを言われたら、安心するよ」
信人は千景と悠幸の方を向いた。
「千景、悠幸。さっき言った通り、私はまた翁様の中で眠らなければならない。だから今のうちに言いたいことを伝えておくね」
千景と悠幸は真剣な面持ちで、父の方を向き直った。
「よく頑張った。成長した二人の姿を見られて、嬉しいよ。特に千景は……色々とすまなかったね」
「いいえ。橘家に養子に出して下さり、今の人生を歩めたことが幸せに感じています」
千景はもう決めている。
頼人が提案してくれた王族復帰はせず、このまま今まで通りに悠幸に仕えることを。
千景の答えに、信人は少しだけ目を潤ませて、柔らかく微笑んだ。
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