第49話 金炎の柱と銀炎の剣

 熱風が押し寄せる。赤々とした炎が衰えることなく、天を衝いている。


 千景は火柱を前に覚悟を決めると、トキジクノカクを口に入れた。

 口に含むと、それはさっと砂糖菓子のように跡形もなく溶けた。


「────っ!」


 同時に内側から何かが溶けていくような熱い衝撃が走った。

 全身の血が体内を駆け巡って沸騰しそうだった。心臓の鼓動は異常なほど速まり、千景の視界は真っ赤に染まっていた。


「千景!」

 悠幸の声が遠くから聞こえた。


 だが、その衝動は一瞬のことで、耐え切れなくなった千景が地面に手と膝を付くと、突如として収まった。


「神剣を頂いてもいいですか」

 頼人から手渡され、千景は柄を握った。

 神剣は、千景が握ると光を帯びて形が変化した。


 真っ直ぐな両刃の白金の剣であった。まるで大蛇を退治した尾から生まれたという、伝説の剣の当時の姿のようであった。


 千景が祈ると、刃は浄化の炎を帯びた。

 焔が長年の贄による無数の魂の嘆きから生まれた存在ならば。


 これで勝てるだろうか。いや、勝って見せる。

 すると悠幸が近付いて、千景に手を添えた。


「千景! 私の力も使え!」

「悠幸様……」


 重ねた手から、温かい何かが伝わってきた。それは千景の腕を通り、神剣の刃に伝わる。

 そして浄化の炎は一気に膨れ上がった。

 千景は改めて驚いた。知ってはいたが、悠幸の浄化の力はこれほど大きなものだったのかと。


「大丈夫だ。千景は強いのだから!」


 悠幸にそう言葉をかけられ、千景は頷いた。

 そして空を焦がす柱に向かって告げた。


「焔。お前は元々魂から生まれた存在ならば、意識の中へ戻れるはずだ」


 千景は駆け出した。

 トキジクノカクの影響か、重いはずの剣は全く苦にならなかった。

 鬼の力の影響で、千景の瞳が赤く煌めいた。焔のような色合いに、天の欠片の輝きを宿したような瞳であった。


「届け……っ!」


 千景は神剣をかざした。光に当たり、神剣の切っ先が煌めく。

 金色の炎が熱を持って千景を襲う。

 千景は腕を天に向けて振り上げた。


「封印術、発動します。かけまくも、かしこみかしこみ申す! 我が身の内に、封じたまえ────‼」


 千景は己の身の内を封印の指定先にした。

 そして柱の中心に向けて、限界まで腕を降ろした。

 金色の炎が千景の神剣を押し返す。だが銀の炎が同じ勢いで火の柱を呑み込もうとする。

 すると火の柱の周囲に、別の橙色の小さな炎の鱗粉をまとった蝶が現れた。


「来たな」


 それらを確認した頼人は口の端を上げた。先程、彼によって近衛や衛士に指示が出された。

 普段、提灯の明かりとなる蝶の妖に、術者らが少しずつ自身の霊力を込め、飛ばしたのだ。


 黄泉の宮や麓を照らす明かりは全てこちらへ向かったため、黄泉一帯は火の柱による光だけが辺りを照らしていた。


 何百もの炎を宿した蝶が一斉に舞台の中心へと集まり、千景の力になるよう飛び込んでいく。目に焼き付くほど色鮮やかで、幻想的な光景だった。


 だが、それでも焔の力は拮抗していた。下手をすれば、千景の方が押し負けるかもしれない。だが、千景は絶対にその腕を離さず、引くことも一切しなかった。


「まだ厳しいのか……」


 信人は結界を保ちながら、歯噛みする。歴代の贄の魂から生まれた焔。その怨念や負の感情は、深く重い。


「でもきっとあともう少しなんだ。何か千景の力になるようなものがあれば……」

 だが、これ以上誰かの魂や霊力を犠牲にするわけにはいかない。


 ふと悠幸は千景の炎から、慣れ親しんだ香りが漂っていることに気が付いた。爽やかさの中にどこか懐かしさを感じるこの香りは。

 はっと悠幸は気付いた。


「あります! まだ霊力の代わりになるものが!」

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