第46話 魂の行方
「でも、あなたはあなたの生き方を貫いたのでしょう」
千景は悠幸を支えながら声をあげた。
「黎仁様。あなたの心を救うと誓うので、どうか戻ってその魂を私に預けさせて下さい!」
悠幸は驚いたように、千景を見上げた。
ここは黄泉の宮。常世へ向かえない魂の行き着く所。
彼の魂も、救いたいと千景は思ったのだ。
すると焔は遮るように口を開く。
「貴様の嘆き、恨み、苦しみ。そのどれもが貴様を貴様たらしめてきた感情だ。
その意気地があれば幸せになる道もあったのに、貴様は選ばなかった。
世界を壊すほど憎み、何も知らない民を恨み、多くの屍が積み上がっても、それでも貴様は歩くのを止めなかった。
その生きざま、俺は見事だと思っているさ。だから俺のもとへ来い。
その感情に、意義はあったんだ」
黎仁は軽く目を伏せる。
黄泉の世を滅ぼしたければ、血筋など残さなければ良かった。
現世の国を滅ぼしたければ、異国に情報を流し攻め込ませ、内側から滅ぼす方法もあった。
黎仁はそれをわかりながらも、あえてしなかった。
黎仁の生きる道は、もとより破滅に進むことだった。
恨みと破滅に進む魂でありながら、同時にその先の世界を見ようとしていた。
黎仁は顔を上げる。
千景と目が合う。
失ってきたものの方が多い人生だったのに。
何故今になって残すものが邪魔をするのだ。
そして。
「ああ……そうだな。俺の道は修羅の道を行くことだった。その魂を渡すつもりでいた。だからもうこれで……いや、これがいいんだ」
そして黎仁は顔を上げて唱えるように声をあげた。
「焔! 俺の魂を使え!」
その声はいっそ楽しげでもあった。
ようやく苦しみから解放されるような、そんな声音だった。
焔の銀色の髪が翻る。
「ようやく俺のものになりやがったな」
赤い瞳が細められ、黎仁の姿を映し出す。
焔の剣が天にかかげられ、そのまま勢いよく振り下ろされる。
「やめろ……!」
千景は絶叫した。それぞれが息を呑む。
振り下ろされた刃は、黎仁の魂を貫いた。
その瞬間。
黄泉の世界に、光が幾筋も差し込んでいた。
空に割れ目が生まれ、黄泉が明るく照らし出される。
まるで天から迎えが来ているようであった。
皆は天変地異ともいうべき事態に、愕然とした。
「常世の魂が……!」
頼人が呻くように発した。
天から白い煌めきが、雪のように降ってくる。
この煌めきは、人々の魂だ。
このままでは輪廻が狂い、人間が生まれ変わることも、不可能になる。
「焔の中に眠る贄の魂が、これほどとは……」
信人が呟いた。翁の妖力も取り込んでいる彼には、翁の純粋な力ほどではないが焔の魂の本質が見える。
千年以上かけて蓄積された贄の魂は、常世との境目を壊すほど、膨大な力となっていた。
ひとえに暴走しなかったのは、一つの焔という生み出された人格と、彼の行動を縛るほどの名をつけた者がいたからだ。
そして黎仁の魂を取り込んだことにより、その効力が消えて引き金になったのだ。
「安心しろ、黎仁。この魂共々、黄泉の歴史と共に死んでいった魂の炎が、世界を焼き尽くしてやろう」
貫かれた黎仁の意識が炎となり、やがて焔を取り囲むと彼の炎の色と混じり、黄金色に変化する。焔の姿は炎に包まれ、やがて巨大な火柱となり、天に突き上げた。
その勢いに信人と頼人は息を呑んだ。
「御殿へ戻れ!」
頼人の言葉を合図に、熱風に包まれる前に千景と悠幸はそちらへと駆け出した。
曇天の空がじわじわと焼かれていく。このままでは黄泉の世界ごと失われてしまう。
「かけまくも、かしこみかしこみ申す。封印術発動、大気の水、御柱を封じたまえ!」
御殿の守りに加え、信人の術で結界を張る。少し前まで雨が降っていたのが幸いした。空気中の雨粒のもとと地上に降った水を媒介に、力を抑え込む。
広がりは抑えられたが、天に届く火柱を封じることは出来なかった。
「頼人、何が起こっている⁉」
本宮の方から和孝と他衛士が数人走って来た。普段彼は大概のことには鷹揚にかまえているが、突然起きた天変地異に、さすがに今ばかりは余裕のない表情を浮かべている。
「常世との世界線が曖昧になり、魂があふれ出しております!」
和孝や他の者から聞いた状況報告に、頼人の表情はさらに険しいものになる。
「現世の道も次々と開いていて、術者の皆が総出で、現世へは影響がいかないよう動いております」
頼人は拳を握りしめた。
「こんな終わらせ方、許すわけにはいかない。絶対に止めてみせるぞ」
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