第45話 決戦
千景は我に返る。同時にふっと体から何かが脱け出る感覚があった。
辺りを見渡すと、悠幸が白鵠から軽やかに舞台へと降り立ったのが見えた。
千景は瞬いて、状況を把握する。
黎仁との会話は、現実の時間では魂と肉体の入れ替わる一瞬の出来事だったのだろうか。
信人と頼人によって動きを封じられていた焔は、自身の炎を出現させて己に取り巻く術と銀を帯びた炎を打ち払った。
悠幸は自身の守り刀を召喚して、千景を守るように正面に立つ。
「私の炎も、返してもらうぞ!」
悠幸は焦点を焔に当てた。そして己の炎の行方を探す。自分の呼吸と共に確かに鼓動する存在を。
焔の中に水の膜に覆われた炎が視えた。
「あった!」
悠幸は焔に向かって走る。
焔は悠幸の視界を遮るように赤い炎を出現させた。
悠幸は刀で目の前の炎を打ち払う。
千景も咄嗟に悠幸を守るように、自身の浄化の炎を放った。
一瞬開いた炎の分かれ目を悠幸は踏み込む。
信人の神剣の刃が煌めき、焔の動きを止める。焔の刀と信人の神剣のかち合う音が響き渡った。
頼人は短剣に宿る霊力で、焔の中にある水の膜を出現させる。焔の操る力より、本来の主の宿した力の方が影響を強く受けるのだ。
悠幸は、浮かび上がった水の膜を叩き切った。
切られた膜が弾け、銀の炎が現れる。
炎が悠幸を取り巻くように顕現した。
「千景も、浄化の炎も返してもらったぞ!」
悠幸は高らかに宣言した。
「悠幸、千景、怪我はないか⁉」
思いもかけなかった父の姿と声に驚く暇もない悠幸だったが、唇を引き結んでしっかりと頷いた。
「随分と苦労しているじゃないか」
どこからか黎仁の声が聞こえた。
次の瞬間、頼人と悠幸は凄まじい風圧に弾き飛ばされた。
千景は飛んで来た悠幸を咄嗟に受け止めて、その衝撃で舞台に転がってしまった。
信人も焔に刀に押し負けて弾き飛ばされ、高欄に体を打ち付けた。
千景と入れ替わるように意識体となった黎仁は、焔と背中合わせになるように立っていた。その手には守り刀を持っている。
曇天の空の下、こうなることがわかっていたかのような、落ち着き払った様子であった。
黎仁の皮肉に、焔は苛立った声をあげた。
「誰のせいだと思っている」
「父上、焔殿。もうこれ以上子どもたちにも、この黄泉にも手を出さないで頂きたい。死者は死者として輪廻へと戻り、次の者に託すべきだ。そして焔殿が死ぬことが叶わない存在ならば、酷だけれど封印をさせてもらう」
信人は身を起こして訴える。
既に体勢を立て直していた頼人は、舌打ちをする。
「こいつらに同情など無駄ですよ、兄上。今度こそ二人まとめて、消えてもらおう」
頼人の言葉に、焔ははっと鼻で笑う。
「どっちが悪がわからねえ台詞だな。そもそも信人、貴様は人のことを言えた分際じゃねえだろ」
「一応悪という自覚はあったのですね」
信人はそう言いながら後ろに回し印を組んだ左手に、自身の霊力と翁の体に宿る妖力を集中させる。
「善も悪も時代や見方によって変わる。……こちらに義があるとは言わないがな」
黎仁は素っ気なく返す。動乱の時代を生きた彼だからこそ、身をもって経験した言葉であった。
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