第43話 反撃

 身に覚えのない炎に、信人は顔を上げる。

 炎の出どころ探すため、黎仁は素早く周囲を見渡した。


「世界を滅ぼすのなら、どうしてお前はもっと早く全てを終わらせなかったんだ」


 柱の影から頼人が現れた。

 力を最大限まで使用し、衣服は繁みを駆け抜けたから引き攣れたのだろう。心身共に限界なのは一目でわかったが、それでも彼の瞳の光の強さは消えていなかった。


 頼人は腰に差した藤子から預かった短刀に手をやる。たとえ戦えなくとも、心は常に共にあってほしいと預かってきたものだ。


「絶対にお前はこの世界を終わらせられない。もしそうしようというのなら、俺たちが止めてみせる。お前の敗因は、その血筋を残したことかもしれないな」


 信人は手をつきながら、体を起こす。

「頼人……千景が舞台から……」

 自分の身より、千景の危機を知らせようとする信人に、頼人はきっぱりと言い放つ。


「彼ならきっと大丈夫です。あなたが、あなたの息子を信じなくてどうするのです?」


 そして頼人は、信人の傷に浄化の炎を当てるようふわりと手を動かした。緩やかな灯は温かく、信人の傷を徐々に癒していく。


「まさか、このようなかたちで再会することになるとは……」

 亡くなったと思っていた兄の姿に、頼人はぽつりと呟く。


「……助かったよ。翁様の体を消すわけにはいかないから。そして何も言っていないのに、あの土地を封じてくれてありがとう」

 傷が塞がり、呼吸がまともに出来るようになった信人は、頼人にそう告げた。


「いえ、でもまさか五年で破られるとは……。焔の封じを保てていられなかったのは、私にも責任があります」


「充分もった方だよ。偉かったね」

「あなたは本当に……私を年下扱いするくせを最後までやめませんでしたね」


 頼人は呆れたように息をついた。

 そして改めて焔と黎仁に向き合った。

 信人が思い出すのは、明昭王から王位を奪った時の事だ。


「あの時と同じ状況ですね」

 頼人は憎しみを込めて焔を睨む。


「まさかこの男の執着がこれほどとは思わなかったが」

「ああ。私もだ」

 息子らと同じ声音で続ける黎仁の言葉に、焔は目を剥いた。


「おい、貴様がそれを言うか⁉」

 焔は射殺しそうな瞳で黎仁を睨み返した。


「お前にしては随分と面倒な方法をとったには違いないだろう?」

「な……!」


「おい、話を戻させてもらうぞ」

 頼人は黎仁と焔に鋭い眼差しを向けた。


「この世界にお前の居場所はもうないんだ。亡霊はとっとと千景の中に戻るがいい。そしてもう二度と出てくるな」


「生まれた時からこの世に俺の居場所なんてなかった。だからその理屈は通じないな」

 声の温度を変えることなく黎仁は返す。


「お前こそ、力はほとんど残っていないのでは?」

「そうだな。お前のせいで、状況は最悪だ」


 現在、この御殿は近衛を待機させ、誰も近付かせないようにしていた。

 浄化の間の件や頼人の不在、藤子の負傷に黄泉の宮は混乱している。

 それを一刻も早く収めるため。


 明昭王は死者として、彼の命は信人と頼人が千景へと返す。

 二人はそう決めている。


 千景と悠幸には衝撃を強く与えないよう、あえて遠回しな言い方をしたが、実質黎仁の命を奪ったのは自分たちである、と頼人と信人は思っている。


 だから、彼の存在を黄泉の他の者たちに知られるわけにはいかないのだ。

 頼人は柱に手をつきながらも、力強く宣言した。


「だが、お前が世界を絶望に染めあげても、希望はまだ終わっていないさ」


 次の瞬間、ばさりと大きな羽音がした。

 闇に映える真っ白な翼を持つ鳥が頭上から現れる。


 その背には悠幸と千景が乗っていた。




 舞台から落ちて来る千景を間一髪、白鵠が受け止めたのだ。


 あの瞬間。舞台から落とされた千景は落下しながらも守り刀を手元に召喚すると、縛られた両腕を伸ばし、舞台下の組まれた木材の柱にそれを突き立てた。


 だが、落下速度に耐え切れず、刀は弾けるように消滅する。減速したのは僅か数秒にも満たない時間だった。


 だがその数秒の抵抗の間に白鵠が間に合った。


 白鵠は覚えていた。浄化の間で眠っていた時に、千景にかけられた声を。その際に触れた魂の鼓動を。

 だから、一早く彼を助けることが出来た。


 千景は白鵠の助けにより、浄化の間の洞窟から出ていた悠幸と合流する。

 そして心配する和孝を説き伏せて、千景は再度、自身の体と悠幸の浄化の炎の奪還を試みることにした。




 白鵠が黎仁の頭上を舞った瞬間を見計らい。

 千景は召喚した守り刀を手に、ためらいなく飛び降りる。

 体を取り戻すならこの一瞬しかない。


 自身の身体に、迷いなく銀の刃を振り下ろす。


 千景の動きを察知し、黎仁は身を捻ろうとした。だが、突然意識が混濁する。

 視界が白く染まり、音が遠のく。

 黎仁の異変に気付いた焔が叫んだ。


「黎仁!」


「させるかあ!」

 黎仁を助けようとした焔の動きを、瞬時に信人の術と頼人の炎が邪魔をする。


 振り下ろした刃が肉体を通り越し、魂に届いた瞬間。

 千景の意識体と黎仁の体に眩い光が放たれた。


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