第39話 脱出
誰かに何かを委ねられたら、その心は穏やかになるという。
次の瞬間、白鵠は二胡を弾いたような、甲高い声を上げた。
悠幸が見守る中、次第にその羽が白く染まっていく。
妖は人々の想いが形になった姿だ。それは負の感情もあれば正の感情にもなり、どちらにも分けられないものも存在する。
浄土の清浄性を表す、と言われるほど真っ白で、柔らかい羽。鶴のような優雅で長い首に、黄色い嘴。
「自らの力で……浄化を完了させた……」
術者たちは信じられないものを見る目で、悠幸を見ていた。
頼人も、口の端を上げた。
「なるほど。悠幸の力の一端、聞いてはいたが、見せてもらうのは初めてだ」
浄化の力を失っても、奪われても。
悠幸自身の経験で培った力は、何者にも奪われることはない。
「格好良いな、悠幸」
頼人はそう賛辞する。
役割を終えた封じが泡のように溶け、白鵠は翼を広げた。
その鮮やかな白い羽根は暗い洞窟内でとても映えた。
白鵠は飛ぶと、入口へと向かう。
そして結界の前にて旋回すると、白鵠は翼を打ち、風を起こした。
一煽ぎするたびに、硬質なはずの結界は反響するように少しずつ波打つ。
躊躇う術者たちに、頼人は号令をかける。
「迷うな! 全力で結界を打ち祓え!」
それで覚悟を決めた術者たちにより、一斉に術による攻撃が仕掛けられた。光の筋が無数に飛んで来る。
頼人は気付いていた。この結界の力が自分のものならば、これはかつての自身の頑なだった心を表している。生まれて間もなく母が亡くなり、父から言葉をかけられることなく、仕える者は皆、兄である信人の方へと目を向けていた。
千景が結界を砕こうと試みた時、同じ力をかけるだけそれは反発した。
だからこそ、頼人は確信した。この結界は内側から壊さなければならない。
玻璃のような壁に打ち付けられた光が、結界全体に網のように張り巡らされる。光が反射し、浄化の間を照らし出す。
「主上、良いのですか……?」
先程白鵠の異変を知らせてくれた術者が、心配そうに頼人の方を向く。
頼人は不敵に微笑んだ。
「私を信じろ」
術者は頷く。そして白鵠が浄化の間全体に広がるように風圧を巻き起こした。
光の網から微かにひびが入る。そして。
一呼吸置いて、一気に結界が砕けた。光を帯びた破片が、満天の空をひっくり返したように降り注ぐ。
その衝撃は頼人の体へ向かう。破片で全身を貫かれたかのような痛みが走り、頼人は膝をついた。
「主上!」
幾人もの声が聞こえた。
だが、衝撃以上に達成感が頼人を突き動かした。顔を上げて立ち上がる。
「よくやった」
同時に、地響きのような、鼓膜や全身を震わす音が浄化の間全体に響いた。
「うわ、何だ⁉」
悠幸は衝撃によろめいた。
視線を上へ向けると、無数の悪霊が天井を飛んでいて、悠幸は愕然とした。
封印が解けた他の悪霊たちが一斉に外に出ようとしたのだ。
そのまま外に向かおうとする悪霊もいれば、悠幸や頼人のような霊力の高い者の身体を乗っ取ろうと向かう悪霊もいた。
「はっ!」
頼人と悠幸の前に、光の網で出来た結界が張られた。
陰陽師、僧侶、神官、それぞれが自分達の持ちうる術を駆使して、怨霊を止めていた。
「ここは我々が食い止めます。主上と悠幸様は早く外の安全な場所へ!」
僧侶が数珠を手に、促す。
「なあに、我々はまだまだ余裕ですぞ!」
御符を手に、陰陽師が声をあげる。
「ええ。こういう時こそ、我らの本領発揮です」
榊を手に、神官は頷く。
頼人は口元に苦笑いを浮かべながら、呟いた。
「普段あれほど対立しているのに、こういう時はさすがだな。頼りになる」
そしてよく通る声で、浄化の間にいる術者全員に聞こえるように伝えた。
「黄泉と現世を守るため少しの間ここを頼む。そして逃げる分の力は残しておくんだぞ」
術者らはそれぞれの返答で、是と答えた。
「行くぞ、悠幸」
「はい!」
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