第40話 洞窟の外
ずっと僅かな明かりだけで過ごしていたため、暗闇でもなんとなく洞窟の通路は見通せる。
翼を広げて飛ぶ白鵠が通路を通れるのか悠幸は心配したが、白鵠は妖力を自身で調整し、みるみるうちに小さくなった。鳩ほどの大きさで、これなら鍾乳石や岩盤に当たることもないだろう。
悠幸は頼人と共に洞窟の通路を駆けながら、隣で飛ぶ白鵠の方を向いた。
「協力して下さって、ありがとうございます。私たちは少しやらなければならないことがあるので、またお会いしましょう。ここを真っ直ぐ抜ければ、外に出られます」
「良いのか」
白鵠は黒曜石のような瞳で、悠幸を見返す。
「はい。いつの日か、よろしくお願いします」
白鵠は頷くと翼を強く羽ばたかせ、通路の奥へと飛び立っていった。
すると、前方から「うおおっ」という叫び声がした。
悠幸は驚いたが、頼人は胡乱げな表情を浮かべた。
「……この声は」
聞き覚えのありすぎる声に頼人は足を止め、悠幸に自分の後ろへ回るよう伝えた。
たったった、と洞窟の前方から足音が近付いて来る。人数は足音から換算するに一人。
「和孝か?」
頼人は警戒をしながらも声をかけた。
「頼人っ! 悠幸様共々、無事だったんだな……! 良かった! 千景殿に会えたか?」
声の主は頼人の予想通り、和孝だった。彼は頼人と悠幸の姿を見ると、安堵の声をもらした。
元々二人は旧友であるため、主従関係である現在も相応の場でなければ畏まることはほとんどないのだ。
「よく俺ってわかったな!」
「いや、普通にでかい声が聞こえてきたんだよ」
頼人の口調も和孝の前では、普段よりさらにくだけたものになっていた。
「え? ああ、そういえばさっき鳥がいたんだよ。びっくりしてつい」
「俺が敵だったらどうするんだ。そうでなくとも、火急の件が起こっているというのに」
「わかっているさ。千景殿や焔のことだろ?」
和孝の声が緊迫感を帯びたものに切り替わる。
「ああ。宮の内部の状況は千景から大まかに聞いている。今、千景の元の体は別の者に奪われているんだ。だから指示は、内部で出されているものではなく、これから俺が言ったことに従ってほしい」
「もちろんだ。それとお前には、先に伝えておかないといけないことがある。后妃様と共に焔と交戦したんだ。何とか退けたが、その際に彼女が負傷した」
「えっ」
悠幸は声をあげた。
一方の頼人も、白鵠の封じが弱まった時から薄々覚悟はしていたが、負傷の知らせに微かに顔を歪めた。
「悪い。俺がいながら……」
和孝の謝罪に頼人は首を振った。
「いや……そもそもお前より藤子の方が強いから、共闘したらそうなってもおかしくはないとわかっていた」
頼人の容赦のない評価に、和孝は眉を下げた。
「ええ、そんなはっきり言わなくても……」
「容体は」
頼人は素早く尋ねる。
「ひとまず典薬寮へ運んでもらった。肋骨を負傷しているのか、痛みからか徐々に呼吸が浅くなっているんだ。お前の力ですぐに治した方が良い」
典薬寮は病人や怪我人の対応をする専門の建物だ。
頼人の瞳が、僅かに揺れていた。
藤子のもとか、焔と明昭王らのもとか。
頼人はどちら向かうべきか逡巡していたのだ。
力をかなり奪われ、消耗してしまったので、頼人が使える力にも限度がある。
主上として最優先は黄泉の世を守ることだ。だが、頭ではわかっているのに、体は動かない。
それまで二人の会話を聞いていた悠幸は、口を開いた。
「主上。今は后妃様のお命を最優先にして下さい」
「だが……」
「明昭王と焔は、私と千景が止めてみせます!」
力強く言い切る悠幸の言葉に、頼人は呼吸一つ分、考えを巡らせる。
そして和孝の方を向いた。
「……和孝、頼まれてくれるか。他の者への指示伝達を」
「何のために俺が近衛として仕えていると思っているんだ。この俺、和孝様に任せておけ」
和孝はわざとおどけたように言う。そしてこっそりと告げた。
「現世の方には別の奴に行ってもらっている。だから、子どもたちのことは心配するな」
はっと頼人は目を見開く。そして小さく「すまない」と告げた。
主上として口に出すことはけして出来なかったが、悠幸同様、王の器となる候補である頼人の子どもたちのことも、本当はずっと気にかかっていたのだ。
「典薬寮へ向かい、すぐに明昭王と焔のもとへ向かう! 悠幸もくれぐれも気を付けてくれ!」
頼人はそう悠幸に声をかけると、先に駆け出した。暗闇とはいえ全力で駆けていくので姿は一瞬で見えなくなる。その速さから、彼は先程まで悠幸に合わせて走っていたのだとわかった。
和孝は膝をついて、悠幸に目線を合わせた。
「向こうまでは俺がお供をします。その後、各部隊をめぐりながら状況を確認するので、悠幸様は安全な所でお待ち下さい」
「私も千景と共に戦う」
「戦うのは我々の役目です。確かに悠幸様は弱くはないでしょう。でも、千景殿もあなたは安全な場所で身を守っていてほしいと、考えているはずです」
「でも……」
悠幸は悔しげに唇を噛んだ。
理解は出来る。けれど、何も力になれないのが本当に歯がゆい。
でも、今はそれをごねる方がもっと困らせてしまうのはわかっている。
悠幸は苦渋の思いで頷いた。
「……わかった。今の私に出来ることを考える」
そして悠幸に浄化の間の状況を聞き、応援部隊を派遣すると和孝は頷いた。
悠幸は和孝と共に、洞窟の外に出る。
外の空は雲に覆われ、天の光が届かないためいつもよりさらに暗かったが、洞窟の中よりはずっと明るく感じられた。
そのまま悠幸は和孝の後ろに続いて、宮へと続く階段を登っていく。
ふと悠幸は顔を上げた。声にならない叫びのようなものが駆け抜けた気がしたのだ。
悠幸は、上空に見える舞台の方に首を巡らせる。
その瞬間に視界に飛び込んで来た光景に、悠幸は息を呑んだ。
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