第33話 黄泉の過去
「なるほど。やはりあの者らの仕業か」
頼人は眉間にしわを寄せて呟いた。
千景も頼人と悠幸の話から、明昭王が現れて神剣を奪い、この浄化の間に封じ込めたことを知った。
「千景の魂がかつての明昭王のもの……それによって焔が干渉してきた。
元々焔は五年前の火事にも関わっており、その際に千景の魂を狙ったと思われるが、悠幸の力によって阻まれた。そして以降、悠幸の浄化の力は千景を守っていたが、今回はそれを突破したというわけか。だから悠幸の力が一時的に戻ったのか」
「わかりやすくまとめて頂き、ありがとうございます」
悠幸は頼人に礼を言った。
一つ一つの話にはついていっていたが、量が多くてごちゃごちゃしてしまっていたのだ。
ひとまず、浄化の力が消えていた謎はわかった。衝撃的なことはいくつもあったが、朝方聞いた千景と血を繋がっていたことが悠幸にとって一番の驚きであった。
そのため、他の内容が霞み、思っていたよりすんなりと受け入れられた。
「千景。守ってやれなくてすまない」
頼人の思いがけない謝罪に、千景は慌てて首を横に振った。
「いえ……そもそも、私の行動が付け入られる原因になってしまったみたいで、申し訳ありません」
「遅かれ早かれ、焔は動き出していたさ」
頼人は額に手を当てて考えた。
「明昭王と焔についてなんだが、二人にはどこから話すべきか……」
頼人の父である明昭王は、若くしてその王位を継いだ。今の千景と変わらない年齢であった。
現世が異国の圧力により開国した動乱の時代であった。
そして焔はその頃より既に、明昭王の近衛として影のように彼に付き従っていた。
「父は当時、廃仏毀釈や陰陽寮の廃止により、職を失った僧侶や陰陽師を積極的に黄泉の世に取り立てた。浄化の役割は彼らに任せ、自身は妖の討伐や現世へと干渉していた」
それまでの王は神に祈りを捧げることが主な役目であった。
だが、明昭王は武術に優れ、鬼のような強さで妖を神剣で一閃する、およそ今までで考えられない王であった。
だからこそ、彼は軍神と呼ばれていたのだ。
焔は真実、鬼神であったが、明昭王もそれに匹敵する力を宿していた。
「あの人は王でありながら長い間、黄泉の世の力を搾取していた現世の国を憎んでいた。現世の朝廷と政府に黄泉の地位が対等になるよう助力していたが、その実国民を武力で押さえ込み、富国強兵を進めさせていた。
異国と条約を結ばせては破棄させ、表の力と裏の力、両方を利用して焔と共に暗躍をしていた。
だから俺と兄上は、現世への干渉はやめて、黄泉の浄化の任を全うしてほしいと訴えた。これ以上、現世の人たちを死なせるようなことをしないでほしいと」
だが、それは聞き入れられなかった。
「結局、俺たち兄弟が神剣を奪うというかたちで王位を奪い、兄上が王となった。だけど、それと同時にあの人は消えてしまったんだ」
頼人の思いがけない告白に、千景と悠幸は目を見張った。
「消えてしまった?」
「ああ、魂そのものが黄泉から消えてしまったんだ。そして焔も姿をくらました。特に焔は危険因子だったから、こちらとしても黄泉も現世も探したが、見付からなかった。おそらく千景の魂に干渉したことを考えると、明昭王の魂を探していたのかもしれないな」
「彼らが復活して、神剣を手に入れたということは。やはり王位について、黄泉と現世を支配することを考えているのでしょうか」
悠幸は尋ねる。
「現時点においてはわからない。少なくとも、彼らが政権を握ったら、再び現世への干渉は避けられないだろうな」
頼人は固い表情で、腕を組んだ。
「せっかく現世の世界と築いた平和が、崩れてしまう。そして再び戦争で大勢の人が亡くなり、黄泉の世は魂で溢れてしまう。輪廻が崩れて、生まれ変わることの出来ない魂も出て来るだろう。私が懸念していた未来が、すぐに来てしまうということだ」
歴史には語り継がれることのない負の出来事も数多ある。
主上の話を聞いて、千景はそれを実感した。
「わかりました」
千景は確固とした覚悟を持って頷いた。
「明昭王の魂を眠りにつかせ、体を取り戻します。そして焔を葬ります。もう二度と、同じ悲しみも過ちも起こらないように」
「黄泉は現世の人々を救うための存在です。私は父上からそう教わりました。私も千景と同じ気持ちです」
悠幸もそう告げる。
「二人とも、逞しく成長してくれたな」
頼人は頼もしげに二人を見た。きっと二人の父である信人がいれば、同じことを言ったであろう。
「ひとまず千景の体を戻せないか、この場で一度試してみよう」
「この場で、ですか⁉」
千景は驚いた。頼人はあっさりと頷く。
「やってみる価値はあるだろう。直接やり合うよりは、早く安全に解決出来る」
頼人は千景らに危険がない方法をまずは試してみることにした。
千景に出来得るかぎり近付いてもらい、手をかざした。
「かけまくも、かしこみかしこみ申す……」
だが頼人は激しい倦怠感と眩暈に襲われ、膝をついた。
「主上!」
悠幸がすぐさま傍に寄って手を伸ばす。頼人は大丈夫である、というように手で制した。
今、彼の力はほとんどが結界の形成に使われている。傍から見るよりも力の消耗は激しい。
「どうか、無理をなさらないで下さい。私の方は隙を見て体と神剣を取り戻して来ます。そうすれば結界を解くことも可能になるでしょう。おそらく接触すれば、元の体と魂である私との結びつきの方が強いはずですので」
「千景……」
悠幸は心配そうに見つめる。
千景は大丈夫だと安心させるように微笑んだ。
「……悠幸様。必ず、あなたをお助けします」
千景は悠幸の目を真っ直ぐ見て言った。もう逃げたりしない。
「あなたを助け、あなたが生きていく世界を守ってみせます」
千景の存在が彼を不幸にしてしまうのではないか。そう思った時もあった。
「……もとはといえば、私の迂闊な行動のせいです。そして母の償いもここでさせて下さい。私の母が、私を連れ出そうとしたことで、焔に付け入れられ、守りの力に歪みを生じさせたのです。だから……」
千景は結界に手を触れた。冷たい壁は手の平の熱も一瞬にして奪われてしまう。
つい昨日まで感じられるはずだった温もり。
結界が玻璃のように二人を隔てており、触れることは叶わない。
もしもあの時に千景が逃げ出さなければ。今も自分は魂も体も奪われることはなかったのだろうか。
千景が悠幸を信じてさえいれば。
すると悠幸は結界越しに千景の手に、自身の手を重ねた。
「私は千景が勝つって信じている!」
はっと千景は目を見開いた。
悠幸は力強い瞳で千景を見ていた。
「大丈夫だ! 千景は、強いのだから」
千景の胸にじわじわと温かいものが広がり、こくりと強く頷いた。本当の千景は強くもなく、千景自身もそれはわかっている。
だからこそ、悠幸の言葉は千景の心の深い部分に刺さり、絶対に揺るがないものになった。
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