第31話 助太刀
藤子は千景と衛士と共に浄化の間へと向かう。
回廊の階段に差し掛かったところで、藤子は立ち止まった。
そして千景の方を振り返る。
先程とはうって変わって、悄然とした表情を浮かべていた。
「……申し訳ありません。どこに敵が潜んでいるかわからず、警戒をしておりました」
「では……」
千景が瞬くと、藤子は真っ直ぐな眼差しを千景に向けた。
「私はあなたを信じます」
千景は張り詰めていたものが緩んだような心持ちがした。
信じてもらえたことが、これ以上ないぐらい安堵と勇気を与えてくれたのだ。
衛士もほっとした顔つきをしている。
「千景殿、良かったです……」
衛士が心底安堵したように声を弾ませた。
彼の言動に、藤子は呆れた様子を見せた。
「人が良いのは結構ですが、私が言った内容が相手を油断させる言動だったらどうするのですか」
「え、あ、そっか! すみません!」
衛士のわたわたとした振る舞いに、千景は少し笑った。
「今から浄化の間に向かうのですよね」
藤子はええ、と頷いた。
「主上と悠幸様の身の安全を確かめるために。衛士のあなたには、入り口の見張りをお願いしたいと思いまして」
次の瞬間、千景は肌がちりりと焦がすような妖気を感じた。
同じくして、藤子は顔を引き締めた。
ぼんやりと照らされた回廊の中心に、外套の翻る音と共に焔が影のようにすっと現れた。
見付かってはならなかった相手の出現に、千景の心臓は大きく跳ねた。
「砕いたつもりだったが、やはり、意識を取り戻していたか」
焔は、燃えるような赤い瞳で千景をねめつける。藤子は千景を背後で隠すと、冷ややかな声をぶつけた。
「焔殿」
藤子にとって焔は既知の存在だ。
だが、警戒心を隠しもせず、千景を護るように片手を広げる。
「王の命を破る気か?」
「いいえ。それが本当に王の、頼人様の御心なのか確かめるために。
そして、頼人様を助けるためです。
私は頼人様が来るなと言っても、有事の際は命に反して助けに行くと心に決めているので」
衛士は二人を守るために刀を抜く。だが、それよりも早く焔が動いた。
錫杖で彼の腹を殴打すると、衛士は声もなく崩れ落ちた。一瞬の出来事であった。
藤子は袿を脱ぎ捨てると、袴姿となり、帯に差していた短刀を取り出した。
黒い漆で塗られた鞘から、刃を抜く。
彼女の持つ短刀は、かつて頼人のものであった。
彼が王になった時、藤子にこの黄泉の世を共に守ってほしいと譲られたのだ。
この男に対しては全力で挑まないと足止めにすらなれないと、もとより藤子は理解している。
「すぐに追いかけます。あなたは早く、浄化の間へ!」
「ですが……」
千景は倒れた衛士を見た。千景のせいで、后妃を危険にさらすわけにもいかない。
かといって千景がこの場にいても、助けにならないどころか足手まといになるだけだ。
どうすればいいのだ。
するとその時、この場にそぐわない明るい声が聞こえた。
「おーっと、懐かしい顔ぶれが揃っているじゃないですか」
近衛の染井和孝が太刀を手に、本宮の方から現れた。
このような状況下であるが、歯を見せて余裕のある笑みを浮かべる。
「后妃様、助太刀しますよ。この俺、染井和孝がね」
「ありがたいです。実は今、主上や千景様らが大変なことになっているのです」
和孝と藤子はかつて頼人と共に、軍の教育機関で学んだ仲だ。お互いの実力も知っている。
千景は心の底から安堵した。
黄泉の世きっての武人であるこの二人ならば、何とかなる気がしたのだ。
「何ですって。そりゃあ、なおさら俺の出番じゃないですか。というわけで、千景殿。ここは俺に任せて先に行け!あーこれ言ってみたかったんだよ!」
和孝は千景に向けて心強い言葉を送る。
「ありがとうございます!」
千景は憧憬を交えた礼を言うと、浄化の間に向かって駆け出して行った。
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