第29話 結界
「いてて……」
気が付いた悠幸は上半身を起こした。
体の下には布が敷かれており、頭元には布を丸めて枕代わりにされたものが置かれていた。
すぐ傍にいた頼人の手が、ふらつく悠幸の体を支えた。
「大事ないか、頭は打ってないか? 痺れや吐き気は?」
普段の様子とうって変わって、頼人は心配そうな表情を浮かべていた。
「だ、大丈夫です」
背中の打った箇所は痛いが、それ以外は何ともない。
体を支える頼人の手は大きくて温かい。大人の手だ。もし父が生きていれば、こういう手だったのだろうかと悠幸は思った。
「良かった……自分がどれだけ怪我をしても平気なんだが、悠幸は本当の子と同じように想っているから……心配したぞ」
頼人は安堵して目元を和ませた。
余談だが悠幸の下に敷かれた布は術者らの袈裟や、上衣の一部だ。始めは頼人が自分の直衣を脱ごうとしたのだが、王にそんなことさせるわけにはいかないと必死で周りが止めたのだ。
悠幸は改めて周囲の様子を見て、驚いた。
入口が硝子のようなもので覆われている。
「これは一体……」
「結界を張って閉じ込められたようだ。しかも俺の力を放出する時に結界として利用された。おかげで封印が緩んで動けることは出来るようになったが、これでは出られない」
悠幸は状況を呑み込んだ。
「まったく、自分の力ではなく俺の力を利用するとは、あの男のやりそうなことだ」
頼人の声は怒気をはらんでいた。声を荒げたりはしていないが、本気で怒っているのがわかった。悠幸は思わず否定した。
「あれは千景ではありません」
「ああ、俺もそう思う」
頼人は悠幸の言葉に頷いた。
「あの神剣の形は間違いない。先々代の王であり、俺の父である明昭王のものだ。悠幸にとって祖父にあたる人だ。そして赤い炎を操った男は焔といって、近衛として仕えていた者。……まさかこの期に及んで出て来るとは」
「ということは……えっとつまり」
悠幸は混乱しかけた。あれが千景ではないと本能的に理解は出来たのだが、それ以上のことをよく知らないのだ。悠幸にとって祖父は、生まれる前に既に亡くなっていた存在のはずだ。
「千景にあの男の魂がとり憑かれているか、魂と姿を騙っているか、もしくは……千景が魂そのものか」
「魂そのもの?」
「ああ。輪廻をめぐった魂が千景のもとへ向かったということだ。魂は縁を頼り、近しい所へ生まれるからな」
三つ目の可能性については、頼人は嫌な予測を吞み込んだ。もしそうだった場合、千景の意識はどうなったのか。最悪の事態が考えられたからだ。今は根拠のない状態で、悠幸の不安を煽るようなことはしたくないと思った。
「そういえば悠幸、浄化の炎を出すことが出来たな」
頼人は話題を転換するとともに、先程の現象に言及した。
悠幸は瞬く。
「そうだ、あの時……!」
千景の姿をした明昭王の魂の形を持つ者に、悠幸は銀の炎を出現させた。
だが、悠幸がもう一度出現させようとしても、炎は現れない。
そういえば、炎が爆発した時に、まるで力が吸い込まれるような感覚があった。
「奪われてしまったのか? でもじゃあどうして今まで……」
悠幸は改めて結界を見た。それぞれの妖や悪霊をくるんでいるものに似ている。だが、それは硝子のように固い。
ふと悠幸の脳裏に蘇ったのは、五年前の火事の夜の記憶だった。
建物の中から脱出し地下の通路を通って地上に出たが、二人の目の前に広がっていたのは焼け落ちていく屋敷だった。
呆然とする千景と悠幸の背後に、忍び寄った者がいることに気付かなかった。
赤い炎。意識を失い倒れた千景。そして黒い男から零れる銀の光沢の髪──。
「あの男だ……先程の赤い炎の男……確か、五年前のあの日、千景を連れ去ろうとして……」
悠幸は叫んだのだ。
千景に触れるな、と。
「その時に力を思い切り使ったんだ……千景を守ろうって思って」
銀の炎は形を変えた。まるでこの結界のように千景を包み込んだ。
「でも……」
何故忘れていたのか。
そしてその後に、焔が撤退したのは何故だろう。
「反動で意識が混濁したのかもしれない。力の操作が出来ないうちは、そういったことも起こしてしまう可能性があるからな」
頼人はそう推測をして、頭をぽんぽんと撫でた。辛かった時のことは無理して思い出さなくてもいい、と言うように。
「そう、なのかもしれません」
悠幸は難しい顔をして頷く。それは辛かったことよりも、言いようのないもやもやとした違和感を抱えたからだった。
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