第26話 夢うつつ

 とん。とん。と規則的な肩への温もりが伴った柔らかい刺激に、千景は目を覚ました。

 開いた手がいつもよりずっと小さい。子どもの手であった。

 着ている衣も、幼い頃によく身に付けていた童装束であった。


「目が覚めましたか?」


 上から聞こえてきた優しい声に顔を上げる。

 どうやら屋敷の簀子で、母の膝に頭を乗せて眠っていたようだ。

 空には無数の光の珠が浮かんでおり、他に一切の明かりはないのに、母の顔がよく見えた。


 眠たくて、頭がぼんやりとする。何か大変なことが起こっていたはずなのに、霧がかったように思い出せない。


「咄嗟に守ったけれど、これがもう限界でした」

「母上……?」


 千景は首を傾げた。そしてきょろきょろと辺りを見渡す。


「あの、悠幸様はどこですか?」


 母は驚いたように目を見張った。そして、優しく微笑んだ。その瞳には、深い感情が見え隠れする。


「大丈夫です。御覧なさい」


 母の手の向ける方を千景は見た。


 煌めきを伴った光が千景の方へとやって来る。

 誰かがかき集めてくれたものを、千景に届けようとしてくれているのだ。


 千景は高欄に体を預けて、手を伸ばそうとしたが、届かない。

 あちら側までいかなければ。辺りに階はなく、ここから降りなくてはならない。


 千景は躊躇う。庭であるはずのそこは、真っ暗で底なしの闇のように思えたのだ。


「千景さん。苦しみを知っても、大切な人を想い続けられるあなたは、誰よりも強くなれるでしょう。……私のように道を誤ることもなく」


 母は悲しげに目を細める。彼女は覚えていた。己の過ちを。

 そうとは知らずに千景は振り返って、無邪気な笑顔で応える。


「はい、悠幸様のために、頑張る所存でございます」


 覚えて間もない型通りの言葉に、母は染み入るように微笑んだ。


「その心がけは、大変立派です。私自身の罪はどれだけ悔いても赦されないし、この命で贖いきれるものではない。あなたにとっては憎しみの対象であるでしょう。ですが」


 彼女の口調が母親から、仕える者へと変わる。手をついて、所作に則った優美な平伏をした。


「泰平王第一が長子、千景様。あなたをお育て出来たこと、大変誇りに思います」


「母上……?」

 母の体がさらさらと朽ち、赤い珠に変わっていく。


「これを持っていれば、いつかあなたの力になることでしょう」


 千景はそれを手に取る。何かとても辛く、悲しいことがあった。

 けれど、それ以上に自分を励ましてくれるような気がして、千景は勇気が湧いた。


 千景は赤い実を握りしめると、高欄を乗り越えて光の欠片の方へと飛び込んで行った。

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