第25話 神剣
嫌な予感がした。不安のような、胸を穿つ感覚だった。
「悠幸? どうした?」
頼人は悠幸の顔を覗き込んだ。
悠幸は現在、頼人と共に浄化の間にいた。
頼人直々に王の役割などを説明してもらっている最中、体の熱が上がったと同時に、誰かに呼ばれたような気がしたのだ。
それからずっとこの感覚がまとわりついており、悠幸は気が散ってしまっていたのだ。
悠幸は慌てて首を横に振り、不安を振り払った。
「何でもありません。続きを教えて下さい」
頼人は、疲れたらいつでも言うんだぞ、と言って浄化の炎を小さくかざした。
「明昭王の治世は、ここはほぼ術者たちに任せていたんだ。王は妖も浄化の炎で倒してそのまま消滅させていた。そのさらに前の代の時は神に祈りを捧げる、というのが王の最も大切な仕事だと言われていたそうだ」
「それぞれの代によって、やり方が異なるのですね」
悠幸は頷く。
「現世の状況も目まぐるしく変わったからな。そうでないと時代に付いていけなかったのかもしれない。でも兄と私は妖も消滅させるのではなく、彼らも時間をかけて苦しむことなく浄化をしてやりたいと思ったんだ」
「そうだったのですか……」
悠幸は瞬きをしながら考えた。黄泉の国の在り方、妖や魂との接し方、悠幸が感じているよりももっと複雑で難しいことを解決するために、長い時間をかけて父や祖父もその仕組みを構築してきたのだろう。
頼人は浄化の進捗状況や妖に異変がなかったかなどの報告を術者から受け、実際に対象のもとを周り浄化の力を入れ直していた。
自分の目で見て、状態を把握することが大切だと頼人は語った。
やはりただ見るだけよりも、説明をしてもらい、学びながらの方が得るものはたくさんある。悠幸はそう実感しながら、付いて回っていると。
不意に横穴から風が吹いて、青い灯が赤色の光に次々と変わっていった。
「⁉」
突然の異変に、浄化の間にいる術者らは戸惑う。
すると浄化の間の出入口となる通路に、千景の姿が現れた。
一歩一歩進めるごとに、影が炎の揺れに合わせてゆらめく。
「千景? どうした……」
朝方会ったばかりなのに、いつもと異なる様子に、悠幸は不審を覚えた。
温かな表情ではなく、水面のような怜悧な表情だ。鋭い刃の切っ先のような、鋭利さを持つ。
千景は焦点を二人──悠幸と頼人を見やり、頼人に合わせると、手元に守り刀を召喚した。そして一呼吸分もなく頼人に襲い掛かった。
「っ⁉」
守り刀は霊体や魂、妖、物理には威力を発揮するが、人や肉体に攻撃は加えられない。振るったとしても、幻影のように体をすり抜けてしまうのだ。
だが、斬撃を受けそうになったら、咄嗟に身を捻るのが身を守るための本能だ。まして頼人のような護身術を身に付けている者なら、尚更である。
頼人は身をかわしたが、その動きを読んでいたのか、千景は片足を軸にしてもう片方の足で頼人の体幹に打ち込んだ。脇腹に衝撃が走り、一瞬受け身が遅れて頼人が片膝をついたところに、さらに千景の振り上げた斬撃が襲う。
頼人は神剣を腰から抜いて、鞘の入ったまま斬撃を受け止めた。
きぃん、と金属のかち合う音が空間に響いた。
頼人は歯を食いしばって、千景を睨んだ。
鞘から刃を抜かなかったのは、相手が一応仮にも千景だったからである。
そして彼の動きを思い返した。普通はあのような連続の攻撃をする時は、意識が分散してしまう。
僅かな視線の動き、下肢の動き、体幹の使い方から次の動きや意表をつく行動も読み取れる。しかし先程の動きは完全に攻撃の意識を刀の方に向けさせ、なおかつ相手に悟らせずに足技を放つ、剣技としてではなく実践の戦いに慣れた方法であった。
「貴様、何者だ」
頼人は問うた。
返答は、ない。
代わりに千景は不意に刀の押す力を緩めると同時に、下から神剣を蹴り上げた。
神剣は頼人の手から飛んで、弧を描いて、地面へと落ちた。
「千景、何をやっているんだ!」
悠幸が駆け出そうとしたが、次の瞬間、千景は頼人から身を離すと、悠幸に切っ先を突きつけた。
「悠幸、寄るな!」
頼人が鋭く叫んだ。この男はたとえ刀がなくても、悠幸を簡単に殺められるだろうという確証が頼人にはあった。
異常事態に術者らが駆け寄って来ていたが、悠幸に危害を加えられることを考えると、迂闊に動けない。
「……どうして」
悠幸が信じられないものを見る目で、千景を見る。
その瞳は硝子玉のように無機質で、何の感情も浮かんでいない。
千景は地面に落ちていた神剣を手にとると、頼人の方へ視線を滑らせた。
「お前がいると、面倒だな」
そして鞘から神剣を抜いた。
「封印術発動。浄化の間」
千景はそう唱えると、地面にざくりと刃を差した。
神剣を中心に光が生じた。彼の力が宿った神剣から、頼人の力が放出する。
頼人は体から根こそぎ力が奪われるような感覚が走った。
放出された力の影響を受けた術者も、次々と力が抜けたように倒れていった。
悠幸も激しい脱力感を覚え、地に膝がつく。
「主上……!」
悠幸が倒れ込みそうになりながら必死で顔を上げると、神剣から靄のようなものが揺らいでいた。
形が変わり、太刀から青銅の真っ直ぐな剣へと変わっていった。
頼人の力が抜け、本来の姿に戻ったのだ。
千景は崩れ落ちた彼らを気にすることなく、神剣の柄を握り、勢いよく地面から引き抜いた。すると神剣は再び眩い光を発した。神剣は王となる者の魂によって形を変える。
現れたのは、黄泉ではほとんど見ることのない西洋刀であった。
サーベル型と呼ばれる長剣で、柄は白い革に金線が巻かれている。鍔は波の彫模様、紐は金で、緒締と房は銀色だ。彼の持っていた鞘も、黒革に花の彫模様の金具がついたものへと変化する。
頼人は愕然とした。
「なっ……お前はまさか……!」
頼人は知っていた。その形を持つ魂の持ち主を。
千景は神剣を鞘に納めると、一瞥することもなく外へと通じる通路へと向かった。
「待て!」
去ろうとする千景の背に向かって、悠幸が鋭い声で呼び止めた。両眉を上げて、睨みつける。脱力感を覚えながらも、悠幸は必死に立ち上がった。
悠幸の周囲の空気が揺らめいた。霊力が立ち昇る。そしてそれは銀の炎へと変わった。自分のどこにこんな力があったのか、悠幸は頭の片隅に不思議な、けれどかつて感じたことのある感覚が取り巻いていく。
頼人が息を呑む。
「千景がこんなことするわけない……! 何者かが千景の姿を騙っているだけに決まっている!」
悠幸が怒りを込めてそう叫ぶと、その炎は千景の方へと向かった。
千景は自身の銀の炎を出現させる。本来、浄化の力は、戦うためのものではない。だが、自身の身や魂を守ることは出来る。
銀の炎がぶつかり、渦を巻いた。
悠幸の炎の方が威力は強く、千景の力では抑えきれない。鬼神からも守っていた力だ。その霊力は絶大だった。
千景が顔を歪めた瞬間。
赤い炎が、銀の炎を覆うように出現する。
「今度は邪魔させねえよ!」
焔の放った炎が悠幸の炎とぶつかり、眩しい光が放たれた。
爆風が巻き起こり、悠幸の体が吹き飛ばされた。
「悠幸!」
頼人の声が響く。
力の反動を思い切り食らった悠幸は、体を壁に打ち付けてそのまま崩れ落ちた。
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