第24話 欠片

 意識を失った千景は、しかしそのままくずおれることはなかった。

 焔が千景の腕を引いて、体を支える。


 千景の瞳がゆっくりと開いた。その眼には千景とは異なる、落ち着いた光を宿していた。


 焔、と。薄い唇が、そう形を紡ぐ。


 千景の中に眠っていたもう一つの意識が、焔の目の前に現れたのだ。


 焔が手をかざすと、熱で雨粒が霧散した。濡れていた髪も衣も一瞬にして乾く。

 まだ目覚めたばかりで意識がぼんやりしている彼を掬うように軽々と抱えると、焔はそのままふっと姿を眩ませた。



 楓は体を起こした。

 雨水を吸った着物は重く無残な色に染まり、服や髪は泥に汚れてしまっている。


 あの瞬間、楓は見た。

 千景の意識の表層が粉々に砕けていく有様を。


 彼らがいた地面には、輝く欠片が無数に落ちていた。渡り廊下のぼんやりした明かりに照らされ、細かく反射している。


 楓は泣きそうに顔を歪めた。

 地面に手を這わせ、魂の光の欠片を手元にかき集める。一つ一つが細かくて、泥が混じりとても拾いきれない。


「千景さん……」


 今しがた起こったことに、理解が追い付かない。だが、このままでは千景の意識が失われてしまうのだけはわかる。

 楓は袂に入れていた手ぬぐいを広げ、必死で集めた。


「誰か……」


 宮の者か誰かに伝えなければ。

 自分の無力さを突き付けられ、楓は嗚咽が漏れそうになった。


「楓殿?」


 柔らかい老人の声が聞こえたかと思うと、傘を差し出された。

 楓は顔を上げ、好々爺然としたその姿に安堵と涙が入り混じった声を発した。


「翁様……」

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