第14話 千景の出来ること
「ダメだーっ、やっぱり上手くいかない」
楓に手当をされながら、悠幸は声をあげた。白布を当てて包帯を巻かれる。
始め千景が巻こうとしたのだが、あまりにもゆるすぎて見かねた楓が交代してくれたのだ。
浄化の間でも術者らによって応急手当はしてもらったのだが、念のため軟膏をもらって明るいところで処置をしていたのだ。
噛まれた箇所そのものは大したことはなくすぐに止血したが、周囲は痣のようなものが出来てしまった。
術者らは誰もが経験する怪我であるそうだが、悠幸は王の一族だ。
本来なら主上に報告しなければならないが、大事にはしたくないので黙っていてもらうよう悠幸は懇願した。
本人は平気だと言っているが、早く怪我が治ればいいと千景は思った。
怪我した箇所は見るたびに、その時の嫌なことを一緒に思い出してしまうものだ。
「そう気を落とされずに。挑戦されているだけでも、十分に……」
千景は励ましの言葉を口にしかけたが。
悠幸は不意に立ち上がった。
「散歩行って来る! 千景は付いて来なくていいから!」
「えっ、そんな、悠幸様っ!」
千景はずんずんと歩いて行く悠幸を追いかけられず、やがてがっくりと肩を落とした。
こういう時こそ傍にいるべきなのに。
千景の憂いを帯びた様子に、楓は柔らかく尋ねた。
「千景さん、良かったらお茶でも飲みませんか?」
「え、ええ……」
松ノ宮の紅葉は、今日も美しく明かりに照らされている。
楓の入れてくれた湯呑茶碗からは、玉露の芳醇な香りがした。
ここ十数年の間に、国内に出回る茶の量が増えて値が下がり、黄泉でも日常で口に出来るようになった。
千景は溜め息をつきながら、一口すすった。温かな茶が胃に染みわたる。
「私の反応が遅れたばかりに、悠幸様に御怪我を負わせてしまいました」
「悠幸様もある程度危険なことは覚悟なさっていたと思いますよ」
「ですが……」
千景はしゅん、と落ち込んだ。
慰めることも出来なかった。傍に置いてもくれなかった。
「私は鬱陶しいのでしょうか」
胸に浮かんだ不安を千景は口にした。
楓は口元に優しい笑みを浮かべた。
「いいえ、悠幸様の反応は普通の反応だと思います」
そして視線を湯飲みに落としながら続ける。
「一人になりたい時もあれば、傍にいてほしい時もあります。千景さんもきっと、そういう時があるのではありませんか?」
千景は目をそよがせながら頷いた。
「そ、それは確かに……」
剣術など教えてもらったことが上手くいかない時、出来ない時は千景も逃げ出したくなる。
千景は視線を外の方へと向けた。
簀子にはいつもの三匹が積み重なって遊んでいる。リンはマロの背中がふわふわでお気に入りらしく、いつも上に乗ろうとするのだ。
「マロちゃんの背中大好き~!」
「じゃあ、ぼくはリンちゃんとマロちゃん大好き~!」
カメ助がマロとリンの上によじよじと登る。
「ぼくリンちゃんとカメ助くんに乗ってもらうの好き。……重いけど」
彼らは元々悠幸の母である雪子が持っていた人形だったものが、付喪神として生まれ変わった姿だ。
彼らに火事やそれ以前の人形であった時の記憶があると聞いたことはない。姿形を変えて、悠幸を見守ってくれているのだ。
「楓様は、何か力になりたくて、でも出来なくて、もどかしい気持ちになることってありますか?」
千景の問いに、楓は目を細めると頷いた。
「あります。昔の話なのですが」
千景は楓の話に耳を傾けた。
彼女はどちらかといえば聞いてくれることが多い立場で、彼女から話すことは少ない。
全くないわけでもないのだが、いつの間にかこちらが話を引き出されていることが多いのだ。
「幼い頃に過ごしていた寺が廃寺となり、出るように言われた時ですね。何も力になれない自分がとても、悔しかったです」
楓はとある尼寺の養女となるために引き取られた。
出家は成長をして、本人の意志や素質を見極めてから、ということであったが、楓はそれが自分の役目だと聞かされて育ったのだ。
今の悠幸らと共に過ごす生活はとても好きだが、心残りはずっとあったという。
「その想いは今も変わらずにあって、もし叶うのならば、いつか自分の昔いた寺を復興させたいという夢があります」
楓は千景の方を向いた。
「だから、ご自身のしたいことに向かう千景さんは、とても羨ましくて眩しいです。応援しているので、どうか諦めないで下さい」
千景は呟いた。
「悠幸様のために、私が出来ること……」
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