第13話 浄化の力

「お見苦しいところをお見せしました。どうぞこちらへ」


 結局初めに案内をしようとした僧侶が、その任を勝ち取ったようである。


「お二人が来て下さったのが嬉しくて、つい熱が入ってしまいましてなあ」

「そ、そうですね。確かに悠幸様が来て下さった喜びは、何にも代えがたいですものね」


「お二人だから、千景もだと思うぞ」

 千景の相槌に、悠幸は首を傾げながら呟いた。


 奥は自然に出来た岩壁によって、一つ一つはさほど広くないものの部屋のような分かれた空間となっていた。

 そのうちの一角には先日、二人を襲った白鵠が眠っていた。藤子が封じた水の中に眠っている。膜は銀色の光に覆われている。


 よく見ると銀色だけでなく、呼吸をするように緑や青、白と波打つように色を変えていく。


「これが浄化の力……」

「この膜は我らの力の集合体です」


 白鵠の黒かった翼は色が抜け、白に染まりつつある。本来の色はこのように美しい純白だったのだ。

 まだまだ時間はかかりそうだが、これが全て戻れば、浄化が完了するのだ。


「主上の力だけではないのだな」

 悠幸は興味深そうに覆う膜を見た。


「主上の力を基盤に、后妃様や術者など多くの者の力が集約されております」

 僧侶が説明をする。

 千景の目に映る白鵠は、何故か苦しそうに見えた。


「彼の者に、お声をかけてもいいですか?」


 千景は僧侶に思わず尋ねた。

「え? ……ええ、かまいませんが……」

 僧侶の面食らった様子に、千景は苦笑した。


「申し訳ありません。彼は御仏だったものが変化したと聞いて、よほど辛い目にあったのだなと思いまして」


 自分たちも火事で大切なものを亡くしたので、辛い気持ちはわかる。そういった気持ちに寄り添いたいと千景も悠幸も思っているのだ。


 千景はそっと手を合わせた。

「どうぞゆっくり休んで下さい」


 悠幸もそれに倣う。

「大丈夫だ。主上や皆さまたちの力を信じてくれ」


 僧侶は悠幸の言葉に泣きそうになっていた。

「なんと、なんという優しいお言葉……今日の申し送りで皆の衆に伝えましょう。宮様からの特別なお言葉があったと……!」


「いや、そういうのはいいですって! 恥ずかしいから!」

 とんでもなく尾ひれをつけて話が広まりそうなので、悠幸は慌てて止めた。


「それよりも浄化の力を取り戻すために、妖に接触したいのです。生まれた赤子は初めて妖に接触することによって、銀の炎を出すのですよね」

「それはそうですが……そうですねえ」


 僧侶はうーむと逡巡した。


「では、こちらの方へとお越し下さい」


 千景と悠幸を別の通路へと案内をされた。

 途中、幾人もの術者がすれ違う。会釈をする者もいれば、何故子どもがここに、と首を傾げる者もいた。

 悠幸の存在は知っていても、実際に会ったことがある者は少ないため、無理もない反応だった。


「っと」

 誰かにぶつかって千景はよろめいた。薄暗い洞窟では、暗い色の服を着ていたら本当に闇に紛れてしまう。

 千景は謝ろうと顔を上げた。


 僧侶の一人なのか、墨染に近い黒か紺の袈裟を纏っていた。

 さらに上から白布の被きをまとい、口元も隠している。上背は高く、見上げなければならないほどだ。

 暗闇でもわかるほど、整った顔立ちであった。

 奇妙なことに一度その者がこちらを向いた時、瞳が一瞬赤く光ったように見えた。


「あ……」

 千景は何故か体温が下がるような感覚を覚えた。

 その者は千景に気を払うでもなく黙って通り過ぎ、千景は瞬いた時には闇に紛れてしまっていた。


「今の方は……?」

 千景は瞬く。自分の手が普段よりも冷たくなっていることに気が付いた。

 ここの気温はいつも一定であるというのに。


「千景、何をしている。こっちだ」

 悠幸に手招かれて、千景は慌ててそちらへと向かった。



 そこには、魂らしき靄が、幾筋も飛んでいる空間であった。


「こちらは一件魂のように見えますが、元の魂から切り離した負の感情を寄せ集めたものです。悪霊や怨霊とも言われております」


 焦点を合わせてよく見ると、靄は目のあたりが窪んでおり、しゃれこうべを彷彿させた。

 不気味で千景はぞっとした。


「一つ一つの力は強くありませんが、いかんせん数が多いため、浄化の力を満たした聖域に……例えるなら水槽に入れているという所です」


 悠幸がその空間に踏み込む。千景も続いた。

 水の中に踏み込んだように、周囲の音が一気に遠くなる。

 濡れているわけではないが、体に空気よりとろりとした何かがまとわりつくような感覚がある。

 地下には水脈が流れている。その聖なる気も、魂鎮めの一端を担っているという。


 千景は何があってもすぐに対応できるよう、守り刀を召喚した。

 背後ではこの空間の任をしていた僧侶たちがすぐさま対応出来るように構えている。


 するりと一つの悪霊が駆け抜け、悠幸の方へと近付いた。

 悠幸は手をかざした。


 生まれた子が初めて浄化の炎を発現させるのは、悪霊に触れた時だという。

 王の一族の者は数えで三つの年齢に達したら、この宮の浄化の間に連れて行くそうだ。


 それ以前に幽霊に接する機会もある場合は、もっと早くに発現することもあるという。

 悠幸はどちらだったのか、幼くて覚えていないらしい。


「かけまくも、かしこみかしこみ申す」


 悠幸は祓祝詞を唱えた。

 悠幸の手元に、悪霊が吸い寄せられるように近付いて来る。

 千景は息を呑む。


「大丈夫だ……、そう」


 次の瞬間、千景の背に氷塊が滑り落ちた。

 悪霊が鋭い牙を立て、悠幸の手首に食らいついたのだ。


「っつ」

「悠幸様!」


 千景は間に割り込んで、守り刀で悪霊を叩き切る。

 千景の攻撃を受けた悪霊だったが、しなやかにすり抜けるとけたたましい声をあげて、天井近くへと浮遊していく。


 つう、と悠幸の腕から血が滲む。そしてぽたり、と床に落ちた。

 その血に、他の悪霊が興奮したようにおびき寄せられる。悠幸の霊力が、彼らにとって力の源なのだ。

 僧侶は素早く声をあげた。


「悠幸様、一旦ここからお離れ下さい! 早く!」


 千景と悠幸は僧侶たちにより空間の外へと出され、興奮した悪霊は再び術によって鎮められた。

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