第6話 松ノ宮
「主上のお話とは一体何なのだろう」
松ノ宮へ戻る回廊を歩きながら、悠幸は首を傾げた。
主上とは黄泉の王のことを指す。
「わざわざ呼び出されたということは、大事なお話なのでしょうね」
清望殿を中心として、黄泉の世をつつがなく保つための宮や御殿の集まりを総称して本宮と呼ぶ。
悠幸の日常の住まいである松ノ宮と本宮はそれなりに離れているため、屋根のある長い回廊で繋がっていた。
釣行灯が一定の距離を保って飾られており、廊下や周辺の草木を明るく照らしだしている。
この時期は赤や黄色の紅葉が特に美しい。
黄泉の世にも、現世と比べて寒暖の差は緩やかであるものの一応の四季や天候の変動はある。
うっすら汗ばむ程度の夏や、湿気の多い梅雨、着こまないと肌寒い冬。
そういった環境に生育する植物はほとんどが多くの光を必要としない。長い時を重ね、そのような植物が生き残ったのである。
提灯の灯りの中には一つ一つに炎の羽を持つ蝶の妖が使役されており、ゆらゆらと揺れる様子がより一層美しい光を際立たせていた。
松ノ宮へ戻ると、千景と同い年の少女である楓が二人を出迎えた。
「悠幸様、千景さん、おかえりなさい」
小袖に臙脂色の袴。上には薄紅の色地に幸菱紋の小袿を羽織っている。
前髪は目元で真っ直ぐに切り揃え、横髪は鬢びんそぎといい、耳にかかる部位を短く切り揃えている。後ろ髪は動きやすいように一つに束ねていた。
楓は悠幸と千景が火事に合い、こちらの宮へ入ってほどなくしてやって来た。
元は現世のとある寺の養女であったが、当時の情勢もあって廃寺となり、閉鎖された関係でこちらに訪れたという。鬢そぎはその時に揃えた髪の名残だ。
「ただいま」
「ただいま戻りました」
ふわりと楓から白檀の香りがした。黄泉では、妖から自身の身を守るために匂い袋に入れた香を携えている者が多い。
悪意のある妖などは、破邪の効果がある香を厭うのだ。
「おかえりー」
付喪神の三匹がぴょんぴょんと跳ねていた。
といっても一番跳ねているのがうさぎの子で、犬の子はあまり音を立てないように軽く、かめの子は手足をぱたぱたさせている。
彼らには名前があり、うさぎの子がリン、犬の子がマロ、かめの子がカメ助と呼ばれている。
黄泉の世で善行を積んでいるという彼らであるが、もっぱら悠幸らのところで遊んでいる。
善行を積むことが出来ているのか微妙だが、現世で亡くなった子どもの魂と一緒に遊んだりしてくれているので、癒しにはなっているようだ。
「ちーさま、あのね……」
うさぎのリンがもじもじしながら千景の前に来る。
「どうされました?」
少しでも目線が近くなるよう、千景は膝をついて、尋ねた。
「はい、これ。綺麗なお花、ちーさまにあげる」
リンが持っていたのは紅色のさざんかの花一輪であった。
「あ、ありがとうございます」
「もう怒ってない?」
千景が受け取ると、リンは首を傾げて心配そうに尋ねた。
どうやら先程の悠幸に化けたことを気にしているらしい。
「もう怒ってないですよ。でも、いたずらに人に化けてはいけません。わかりましたね?」
「はあい」
照れながらリンは二匹のところに戻っていった。
「リンは千景のことが大好きだなあ」
今のやり取りを微笑ましく眺めていた悠幸の言葉に、千景は慌てて口を開く。
「私は誠心誠意、悠幸様にお仕えする所存でございますので」
「わかっているって」
楓はその光景に袂で口元を押さえつつ、微笑んだ。
千景はまじまじともらった花を見つめた。
「鮮やかなお花ですね」
「仏様にお供えする用のお花を、
江妙尼は楓の姉弟子であり、親代わりのような存在である。
彼女と楓が共同で使っている部屋には小さいながらも仏壇があるのだ。
光の少ない黄泉では、花の種類も限られているため現世から取り寄せている。
「では、貴重なものを頂いてしまったんですね」
「お部屋に一輪挿しを置いているので、どうぞそちらに飾って下さい」
「ありがとうございます」
それと一つご報告が、と楓は言い添える。
「
「えっ」
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