第5話 后妃の言伝


「后妃様。この度は危ないところを助けて頂き、誠にありがとうございました」


 千景は跪いて御礼を言った。


「お二人を捜していたのです。間に合って良かったこと……」

 刀をしまった后妃は、安堵の息をついた。戦闘の時とは打って変わって、穏やかな雰囲気をまとっている。


 彼女は元々現世の出身で、名を藤子とうこという。

 浄化の力こそないが、魂の一部で霊力と黄泉に流れる清めの水の力を駆使して、主上と共に黄泉の国の平穏を保っている。

 悠幸も親代わりのように接してくれる叔父と叔母には懐いており、とても信頼している。


「叔母上、とても格好良かったです! まるで明昭めいしょう王伝説の妖退治のようでした!」


 悠幸は目を輝かせながら言った。


 明昭王とは悠幸の祖父のことだ。

 軍神と呼ばれるほどの武術の腕で、黄泉にて巨大な妖が暴走した時、彼が神剣をかざし、側近である近衛と共に一瞬にして倒したと伝わっている。


 藤子は困ったように微笑むと、謙遜して首を横に振った。


「いえ、私などかの方々の足元にも及びません。申し訳ありません、本来ならばこちらへ近付くまでに対処をしなければならないのに。何故よりによって悠幸様のもとへ……」


 藤子は憂いを帯びた表情を浮かべた。

 それについて、千景には思い当る節がある。

 とある一人の妖が思い浮かび千景は渋面しかけたが、后妃の御前なので慌てて顔を引き締めた。


 悠幸は御殿に隠れていた少女を手招きした。

「この子が狙われたのです」

 藤子はしゃがみこむと、慈愛の満ちた目をして少女の頬に手を添えた。


「そうだったのですか。怖かったですね。主上に魂鎮めの儀で送ってもらいましょう」

 すると少女は首を振った。


『ううん、私一人で大丈夫。お願い、叶えてくれてありがとう。もう一人で行けそうよ』

 そして天を見上げた。

『あのね、糸のようなものが天から下がっているのが見えるの。きっとこれを辿れば大丈夫みたい』


 千景らの目には見えないが、きっと少女には視えているのだろう。


 少女は天に手を伸ばす。そして何かを掴むと。

 彼女の魂は白い光を出しながら、天へと吸い込まれていった。常世へと向かったのだ。


「悠幸様の御心が、大丈夫だと思わせてくれたのですね」

 霧が晴れ、満天に輝く空を見上げながら、藤子は目元を和ませた。


「あの、后妃様。悠幸様と私を捜しておられたとのことですが、一体どのようなご用件だったのでしょうか」

 千景が尋ねると、藤子は真剣な眼差しを二人に向ける。


「実は、主上から、お二人に言伝があって参りました。今宵、大事な話があるために本宮に参内せよと言付かっております」


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