第2話 千景の困惑
五年後。紅葉の美しい庭に囲まれた屋敷の一角にて。
広々とした畳の間の襖を開けた千景は、悠幸の姿が見当たらないことに気付いて渋面した。
「悠幸様?」
十六歳になった千景は、中性的な容貌は変わらないものの身長は伸び、整った面差しをしていた。白い上衣に濃緑色の袴姿で、その立ち振る舞いは品行方正という言葉がよく似合う。
「またお姿が見当たらない……。もしも何かあったら……」
想像すると不安が膨れ上がり、千景は青ざめた。
千景は簀子の方へと足を向けた。
釣り行灯が照らす簀子まで足を進めた千景は、端の方で高欄にもたれて座る、御年十歳になる主の後ろ姿に気が付いた。
柔らかみのある短髪に、藍染めの着物と錫色の袴といういつもと同じ、身軽に動ける格好だ。
千景はほっと胸を撫でおろした。
「まだこちらにおられたのですか、悠幸さ……」
千景は違和感を覚えて眉をひそめた。息をひそめ、忍び足で彼に近付く。
簀子からは庭の一角である剣術など稽古が出来る砂地と、池が見える。この季節は紅葉が提灯に照らされ、橙と赤の紅葉が夜闇に映えるように広がり、池は水鏡のように鮮やかな光景を映し出していた。
千景は悠幸の真後ろに立つと、柏手を一つ打った。
ぽんっという音がして、悠幸の姿が変化し、詰み上がっていた三匹の小さな生き物たちが「わあっ」という声をあげて崩れ落ちた。
千景は薄い笑顔の下で、頬を引きつらせる。
崩れ落ちたその生き物は、うさぎと犬とかめの形を模していた。一匹一匹は両手の平に乗るほどの大きさで、つぶらな瞳が可愛らしい。
彼らは動物を模した人形、縫いぐるみが人に大切にされて、魂が宿った姿だった。人語を話すことが出来るのと、僅かながらも霊力がある。妖と呼ぶものもいれば、付喪神と呼ぶものもいた。
「みつかっちゃった」
「どうするどうする?」
「ばれないようにね、って言われてたのにね」
わちゃわちゃと相談をし、そしてうさぎが正面にひょこっと立つと、誤魔化すように小首を傾げた。
「え、えへ?」
千景は思わず頭を抱えて脱力するようにしゃがみ込んだ。
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