第10話 Nの事を聞く

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「ああ、そうだね。君も知っての通り、そこに渓流があるだろう。そして先には広がる三日月川がある。まあここNは川と共にある様な場所ともいえる」

「ええ」

 ロダンは口元に引き寄せたカップを離すと手を伸ばしてゴミ箱に捨てた。捨てて、マサさんに向き直る。

「昔からここら辺はヤマメとか鮎とかさ。川魚が獲れてね。昭和の初めはまだ交通も不便だから当然海の魚は食えない。となるとタンパク質は猪肉とかさ、川魚になるんだよ」

「成程」

 ロダンが頷く。

「これは祖父さんから聞いたその頃の話だけど、この山向こうの熊本側に小さなお温泉街が在ってね、当時ここNで撮れた魚はこの地域で食べられるか、その温泉街に運ばれて金銭に替えられた。だから川漁師は割合裕福だったんだ。だから家も意外と大きかった。

 でもさ、ほら、見ての通り。ここら辺は雨が多くて、川幅が狭いから大水等の水害も多くてね。だからこの奥に水量調整と発電所を兼ねたダムが造られた。となると自然ダムの建設労働者がNに溢れて来るだろ?

 そうなると下の町や大分、熊本までは交通の便が悪いから、やがて川漁師達が部屋を貸すことになり、それならばという事で旅館を創り、やがて小さな旅館街が出来た。それが隣の温泉街と相まってさ、結構、繁盛したらしんだよ」

「そうでしたか。大きな家が沢山あったんですね」

 ロダンがマサさんの記憶を覗き込む様にして懐かしい情景に想いを馳せる。

 だが当の本人は現実を見つめている。その眼差しは向かいに座るもじゃもじゃアフロヘアの若者を。

 マサさんは現実を見ながら言う。

「でも今ではもうそんな欠片も見えない鄙びたとこになったけどね。その頃かな、君が今夜見る鬼提灯祭が復活して神楽が舞われる様になったのは。

 …さぁロダン君、もう時間が三時を過ぎた。そろそろあちらに戻った方が良いんじゃない?山道だと坂を上ることになる。ここに来るように坂道を下る訳じゃない。きつい坂を上らなきゃならないしね。ほら、丁度いい所に客が来た。僕も仕事に戻るよ。明日、此処を去る時に寄ってくれよ。君、また旅に出るんだろう。良い場所を教えるからさ」

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