第9話 財前先生の奥様のことを聞く

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 ピアノのジャズがロダンの耳奥に流れてくる。ガソリンスタンドのドア窓から見える光景は九州山地の山並み。そして眼下にはいずれ別府湾だろうか、そこに注ぎいる清流が見える。

 鄙びているはずの場所で洗練された音楽がロダンの巻き髪を揺らして、やがてマサさんの記憶の奥から言葉を運んできた。

「財前先生は元々ここの清流の川漁師の家でね。しかしながら抜群に頭が良くて神戸だったかな、そこの大学に行き、やがてこちらに戻ってこられたんだけど。その神戸時代に奥様と知り合われて結婚されたんだよ。奥様はだからここのNの人じゃない。だけどこんな山奥のNに良く馴染んでね、趣味がなんでも押し花でね。よくこの里山辺りを先生と散策しては草花を集めてね、植物図鑑を作るのが趣味でさ。学位が有ったかは知らないけど、よく知っていたよ、この辺の草花の事は」

 ロダンは頷く。

「原因が分からないけどね、亡くなったのは。もしかしたら先生は何か知ってるのかもしれないけど」

「そうなんですか?」

「まぁ警察とか来ただろうから、身内には死因は教えてるんじゃないかな」

「まぁ…確かにそうかもですね」

 ロダンが口元にカップを寄せる。

「それで生前の僕の記憶だと二十年以上前だから高校の頃だったように思うけど、凄く綺麗な今でいう女優の誰かに似ているといっても変じゃなかった。ほら、先生の上の子いるじゃない?」

「菜穂さん?」

 ロダンが名を呼んだ。

「そう、そう、あの子に面影が良く似ている気がするんだよね。まぁ気がするだけだけどね」

「やはり似てるんですねぇ」

 髪を掻いてロダンがカップを口に運ぶ。

「君もそう思うんだ」

「いや、菜穂さん、美人ですからね」

 カップのコーヒーを飲み干してマサさんが笑う。

「そうだね、女の子は分からない。歳をとるとぐんと変わる。ますますあの子は綺麗になるだろう。ウチの悠斗と同じ高校だったから知り合いみたいだけど、あいつとは何か中身と言うか、男女の成長の差が雲泥の差だ」

 言ってカラカラと笑う。それにつられて笑うロダン。その心の中にすこし針を踏むような姉妹の思いを秘めて。

「…それで」

 ロダンが針を隠すとマサさんに言った。

「ここNですが…」

 言われてポンとマサさんが手を叩いた。

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