第11話 悪戯では、済まされない

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 ロダンは自転車のペダルを漕いでいる。唯、ひたすら一目散に。

 急こう配ではないけれど、それでも山道の坂道は意外とつらい。勿論、土地を知らないという勘の為、終わりがどこかという心理的な閉鎖さが生み出すことには変わりないが、それでも十分肉体的にも精神的にも終わりがないことへの挑戦は辛い。

 長崎を出てNへ来るまでも沢山の山間地や峠を抜けて来た。そんな山迫る坂道においては唯ひたすらこれを抜けて降る坂道で十分な快楽、つまり坂道を抜けた快楽を味わう事だけが愉しみだった。

 滴る汗をタオルで拭いながら一人孤独にペダルを漕いで思うのはツールだ。

 自転車レースのツールと言えばツールドフランス、ジロデイタリア等自分でも知っているレースはある。

 特にツールの山岳では人間の「足」つまり脚力がものをいう。

 それは否定できない。

 何故なら自分は現実にそれを実感しているからだ。

 そしてペダルを漕ぎながら思う事は――ただひたすらこの山岳を抜ける事…いや今は唯、旅館に着くことだ。

 ペダルは太腿の筋肉を強張らせ、そんな期待を地面に置いて行かそうとする。

 だからこそ、置いて行かれない様に無心に、漕ぐ。


 ――と、言いたいところだが。


 今ロダンの頭の中では、無数の言葉が巡っている。

 何故かそれらの言葉が一つの繋がりを持つのではないかと言う、そんな心のざわつきがペダルを漕ぎながら思わせてならないのだ。

 それが全て何かに帰結してならない。

 それは…


 ――水害の多いNで起きた戦後の鬼提灯祭の事件。

 

(ええぃ!!)

 思いに任せてロダンは頭をボリボリと激しく掻く。

(…何やろ、何やろ!!この激しい心のざわつきは!!)

 ロダンはもじゃもじゃアフロヘアを揺らして歯を食いしばりペダルに力を越える。

 この沢が近い坂道を越えれば、もう旅館迄は近い。

 ロダンは力を籠める為、一瞬、顔を横にそむけた。

 そむけた先に渓流の沢が見えた。

 清流の流れの先に岩肌が見え、そしてその向こうにロダンの心を慰める小さな紫の花の群れが見えた。

 小さな紫の野花の群れ。

 それを見たロダンの目が見開く。



 ――あ…、

 そうか!!

 そうだったのか。


 この時、ロダンはリアルに思った。


 ――あの人に危険が迫っている!!


 つまり自分が思っていた心のざわつきは全て繋がり、そして或る邪悪な悪戯を鋭く脳裏に描かせたのだ。

 彼の驚愕と正義が天秤で揺れ、彼は瞬時に言葉を叫んだ。

 それは…


「遊びだったじゃすまないぞ!!……ちゃん!!」


 彼の貌は正に朱に染まる憤怒の表情になって、全身の力を籠めてペダルを漕いだ。

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