第5話 瑞々しい志穂
(5)
――妻ですか。
財前先生の声が曇る。
――もう、十年以上前ですが、亡くなったんですよ。野花を集めるのが趣味の優しい妻でしたが、ある日、家に僕が外出先から戻ると突っ伏して死んでいたんです。原因は卒中と言われました。そうですね、確かにロダン君、君が言う様に、娘、特に菜穂は妻に似ています。生き写しとは言え得る程ではないですが、容貌はどことなくね
(…卒中)
ロダンは神社から一人旅館へ戻りながら財前先生の言葉を頭の中で何度も復唱する。
(それは聞かない方がよかったな)
思って髪をボリボリ掻いた。
その時、声がした。
「ロダンちゃーん」
声に振り返る。
振り返れば視線の先に制服姿の女子高校生が居る。それは財前先生の次女、志穂だった。
志穂は菜穂とは違い全身から元気が陽として溢れている。
部活でバドミントンをしている為、髪はショートボブにしておりその容貌と合わせて青春の汗と風を彼女からは感じさせる。
それは長女の菜穂とちがい大人びた感じがあるとは言い難いかもしれないが、それでも青春の瑞々しさを十分に秘めた美しさがあった。
そんな彼女がぴょんぴょん跳ねるようにロダンの方へ走り寄る。
先生はこの志穂の事をツンとしている娘といっているが実は大変人懐っこい性格だ。ただ、多くの人前に出るとどうもシャイな部分と言うか人見知りがでるのか、つんとした雰囲気になってしまう。
損な性格と言えばそうだが、しかしロダンは嫌いではない。シャイと言う部分では自分も似ているからだ。ただ先生はロダンと志穂二人がこれほど気心が知れた仲だとは知らないようだ。
どうも親というのは存外そんなものかもしれない。
「志穂ちゃん」
ロダンは笑顔で言う。
「どこいってたん?」
志穂が関西弁でロダンに言う。それはロダンから教わった関西弁だ。それに笑顔で答えるロダン。
「ほら、神社だよ。今夜、神楽があるやろ?それで神楽面を見たくて先生と菜穂さんと一緒にね、今行ってたんよ」
「ほんま?」
志穂にロダンが答える。
「ほんまよ。それで祭りが終わったら此処を去るからさぁ」
ロダンの言葉を聞いて志穂の顔が少し曇る。
「それは寂(さみ)ぃなぁ」
「しゃーない。僕旅人やから」
言ってからロダンが志穂に言う。
「ほら、最後の練習せな、あかんちゃう?だってさぁ、今回の巫女姿見せるんやろ、あの悠斗(はると)君やったけ?その人に見せる為に…」
そこで小声になるロダン。
「…おねぇちゃんから無理矢理、巫女の役奪ったんやろ?それもお姉ちゃんも好きらしい人らしいやん。まるで略奪愛やね」
それを聞くや、顔を一瞬赤くしてロダンの背を志穂が叩いた。
「アカンで!!誰かに言うたら」
「言わへんわ」
ロダンがカラカラと笑う。笑うと彼の長身が揺れて頭の髪が揺れる。
それはまるで森の一本の木が風に揺れているように見えた。
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