第4話 美しい菜穂

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「ここですね、神楽で巫女が舞う面があるのは」

 ロダンは引き戸で開かれた木造りの社殿に二人の後に続いて入る。二人とは財前先生にその長女、菜穂である。

 長女の菜穂は今年大学1年生で今は福岡のS大学に通っている。今回夏休みを利用して一時帰郷しており鬼提灯祭の手伝いをしている。いや手伝いと言うよりも、本来はこの長女が今回巫女として舞う予定だったが、直前になり妹の志穂に変わったのだ。

 その事について先生は例の如く若者を見て、――思春期の子等がすることですから、と笑ってそれ以上は何も言わなかった。

 ロダンは社殿を見回す。

 奥に太鼓や鏡が置かれ、厳かな雰囲気を出しているその一角の壁に掛けられた幾つかの神楽面が見えた。

「…ああ、あれが」

 ロダンが指差すとするすると長女が歩き出す。すると何かに気づいたのか腰を屈めて拾い上げた。それから後ろの二人を振り返ると言った。

「父さん、ほら巫女の面が床に落ちてる」

 言ってからズボンからハンカチを取り出すと落ちて手にした面の面貌を丁寧に拭いた。

「蜘蛛の巣もあって、、汚いね。志穂には可哀そうだけど舞ってもらわないとね」

 言うと、面を壁に掛けた。

 そこにロダンと財前先生が歩み寄る。

 それから壁に戻された面をじっと見る。

 見て、先生が言った。

「ロダン君、で、どうだい?この面、円空作だと思うかい?」

 言いながら口元が揺れている。それは言外に答えを含ませているに違いない。

 つまり、――否、と。

 ロダンは髪に手を入れてもじゃもじゃに掻きながら面を見ている。見ているが、尊視線の先には面が映らない。映るのは先生の長女、菜穂だった。

 ロダンの瞳に映る彼女。肩まで伸ばした髪に二重瞼の瞳と端正に伸びた鼻梁。それを支える柔らかい唇。それだけではなく、醸し出す大人びた雰囲気がとても十九歳そこそこの娘に見えなかった。

 それは美しいとロダンは思えた。事実、今も面を見る彼女の横顔の何という美しいことか。

 それを見て思う事は財前先生の奥様も美しい方に違いないという遺伝的記憶への嘆息だ。

「で?どうだい」

 先生の問いかけに急に我に返るとロダンははっとしてまた再びじっと見てから、やがて面を指差して言った」。

「…まぁ、残念ながら先生の御見立通りといえるかもしれませんね。まぁ江戸の頃から有った面ですしのみの跡が非常に効果的な面でしたからひょっとしたらと思ったのですが、…然しながら彼の木彫りの仏像のように荒々しくも無いし、やはりこれは見事な別の仏師か誰かの工芸、もしかしたら江戸よりも古くて鎌倉とか、それぐらいからここにあったのかもしれませんねぇ」

 ロダンは申し訳なさそうに髪を掻く。その仕草を見て先生が笑うがそれはロダンに対して卑下に見た笑いではない。とても好意を持った笑いだった。

「いや、ロダン君。君の考えは面白い。確かに美濃の国生まれの円空は記録の有る人物で、長じて日本諸国を巡っているから九州に来ていてもおかしくはない。なんせ日向の鵜戸は明治の廃仏毀釈があるまでは高野と並ぶほどの伽藍が立つ修行地だったんだからね」

 ロダンはそれでもさもすまなさそうに長身を折り曲げて、平身低頭の態で頭を下げる。それはまるで巨大なマッチ棒のこけしが頭を下げて、謝るように見えた。

 横に立つ菜穂にはそれが可笑しく見えたのか、彼の姿を見て口元を緩めて笑う。それを感じるとロダンは頭を上げた。そして頭を上げると財前先生に向き直り、先程感じた疑問を口にした。

「それで先生、つかぬ事を伺いますが、先生の奥様、つまり細君ですかね。今どちらにいらっしゃるんです。いえね、他意はないんです。ほら、長女の菜穂さんが、…あまりにもお綺麗だから、きっと奥様もそうだとおもったのです」

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